第12話 望郷

 ささやかな夕餉ゆうげを食べ終わる頃には、すでに辺りに闇がただよい始めていた。

 俺が少年に、

「何だか疲れたから、休ませてもらう」

 と伝えると、彼も、

「では、私も」

 と、自分の寝床ねどこにしている場所へ行ってしまった。

 寝床と言ったところで、敷き詰められたむしろの一角の、横になりやすい所でしかないが。そこで自分の衣を上にかけて寝るだけだ。

 この小屋で意識を取り戻した時に俺の体にかけられていた水干すいかんは、「もしや」とは思っていたが、やはり少年の物だった。

「どうぞ、お使いください」

 と言われたものの、さすがにためらわれたので、俺は使われていなかった筵を一枚持ってきて、自分の体にかけて横になった。

 夏だし、何もかけなくても大丈夫かもしれなかったが、山中のせいか日が暮れると結構涼しくなってきたので、念のためだ。それに、少しでも早く体調を回復させねばならない。


 そんなこんなで就寝となったが、いざ眠ろうとすると、一向に眠気は訪れなかった。体が疲れているから寝たはずなのに。

 毛皮を敷いて衝撃をやわらげているとはいえ、怪我に負荷ふかがかからないか気になってしまうからか。

 あるいは、今日一日でいろいろあり過ぎて、神経がたかぶっているせいだろうか。


 体は起こさないまま周囲を眺めると、闇に目が慣れて、月や星のほのかな明かりでも、割と物は見えた。少年はすでに寝付いている様子だった。

 この小屋と似た所を知っているように感じてたが、こうして雑事がなくなって落ち着くと、ようやくどこか分かった。

 爺様のいおりだ。

 あの庵も決して、広くも美しくも頑強がんきょうでもなかった。荒々しい造りで、洗練されてない。嵐が来たら、耐えられないのではないかとも感じていた。

 それでも――そこここに、命の息吹いぶきが宿っていた。

 人が日々の暮らしを送るのに必要な道具が、これ以上ないほど馴染なじんでいた。

 今はもう、取り壊されて跡形あとかたもないけれど。


 爺様が今の俺をご覧になったら、どうおっしゃるだろう。

「何をぐずぐずしている」だろうか。

 それとも「あせれば事を仕損しそんじるぞ」だろうか。

 いや、やはり――「自分の頭で考えて決めればいい」、だろうな。

 爺様はいつも、答えなんてくださらなかった。ああしろこうしろとも、おっしゃらなかった。

 父上なら、またおしかりになるに違いない。こんな所で他人の世話になって、槻伏つきぶせを目指さなければいけない足を止めているなどというのでは。


 それ以前に――俺が若殿から受けていた仕打ちを父上に申し上げていたら、どうおっしゃっただろう。

 主家に抗議されただろうか。

 それとも、「耐えろ」とおっしゃっただろうか。

 いや、きっと――「おまえの出来が悪いから、厳しくしておられるのだろう」と、突き放されただろうな。

 不出来な嫡男で申し訳ないけれど、弟の松若まつわかがいるから、五百瀬家は大丈夫だ、俺がいなくても。退却する際に別の隊に振り分けられた父上も、きっと今頃、槻伏に戻っておられるだろうし。


 それでも――このまま死ねない。槻伏まで戻らなければならない。弟がいようと、己にせられた役割は最後までまっとうせねば。

 そして何より――。

 俺の名が新柄にいづか新三郎しんざぶろう尚邦なおくにの家臣として残るなんて、あまつさえ忠臣として記されるなんて、それだけは受け入れられない。

 何としても、生きて戻る。母上や家の者たちを守る。それから――。

 それから、どうする?

 そこから先が、どうしても見えなかった。

 爺様なら、どうおっしゃるだろう。


 そんなことをつらつら考えているうちに、俺はいつしか眠りの世界に引きずり込まれていった。

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