第11話 夕餉

「ほくほくした山芋」を、初めて食べた。

 里芋なら、蒸しただけのものが「きぬかつぎ」という立派な名前で呼ばれている。 

 山芋も結局は芋なのだから、それを灰の中で蒸し焼きにしただけというのも特段、おかしな食べ方なわけではないのだろう。

 ものすごく美味うまいわけではないが、決してまずくはない。淡白たんぱくくせのない、芋らしい味だった。


 俺は手の中の山芋の皮を、指でぺりぺりとむいた。表出した実の部分に、小皿からつまんだ塩を付けようとして――。

「この小屋は、本当に誰も使ってないのか? 塩まで置いてあるなんて、使ってる人間がいるからではないのか?」

 と、ふと疑問に感じたことを口にした。ざっと周囲を見回しても、廃屋はいおくにしては物があり過ぎるように思うのだ。

 薬鑵やかんを五徳から外して、まな板などが置いてあるほうへ運んでいた少年は、こちらに戻ってきて俺の正面に座りながら、

「考えられることはいくつかあります。持ち主が急に引っ越さなくてはならなくなったり、突然亡くなったりした場合は、物がそのままということもあり得ます」

「ああ、そうか」

「小屋は使わなくなったけれど、置いてある物をすべて人里まで運ぼうと思ったら手間や時間がかかるので、目ぼしい物だけ運んで残りはそのままにした、ということも考えられます」

「なるほど……」

 どれもありそうな話だ。俺はうなずきながら、山芋をかじった。

 少年はと見れば、山芋の先のほうだけ折り取って、そのこぶしほどの大きさの芋を上品に食べている。


 しばし無言の時が続いたが、俺の手の中の山芋がすっかり腹の中に納まると、少年は、

「まだお腹がすいていらっしゃるのでしたら、これもどうぞ」

 と、先ほど折った残りの、長いほうの山芋を差し出してきた。

 確かに、ここまでずっと食料がとぼしかったせいもあって、まだ腹にはかなり余裕があるが――。

「そなたは、もういいのか?」

「はい」

 ずいぶん少食だな、と思いつつも、俺はそれを受け取った。


 再び無言で食べていると、自分の分を食べ終えた少年が、おもむろに、

「あなたに、申し上げておきたいことがあります」

 と、話を切り出した。

 何事かと思っていると、彼はまっすぐに俺を見て、明言した。

「新三郎様があなたにした仕打ちは、たとえあなたに何らかの不手際ふてぎわがあったとしても、やってよいことではありません」


 静かな口調なのに、その言葉には芯があり、力があった。

 俺が何も言えずにいると、彼は、

「人に物をぶつけたりののしったりしても、出来なかったことが出来るようになったりはしません。あなたは、不手際があった者がいたとして、池に突き落としておけば次からは不手際をしなくなると思いますか?」

「……いや。俺はそうは思わん」

「不注意で失態しったいおかす者がいるなら、原因を明らかにして本人に理解させなければ何も変わりません。ですがあなたの話を聞く限り、新三郎様は理由も告げずにいきなり横暴おうぼうな振る舞いをしておられたご様子。それで一体、何が分かるというのか」

 俺はいつの間にか、彼の言葉に引き込まれていた。声をあらげるでもなく、こちらに強く訴えかけるような表情を浮かべているわけでもないのに。

 彼は一呼吸置くと、俺を見つめて、おだやかに告げた。

「人の上に立つ者の役目は、下の者を教え導くこと。新三郎様にはそれが出来ていません。自分はこのようなあつかいをされても仕方がない、などと思う必要は、最初からなかったのです」

 

 何だ、それでよかったんだ。

 自分の中につっかえていたものが取れたような、そんな感覚に襲われた。

 俺が悪かったんだ、などとは、もはや思わなくなっていたが――それでも。


 少年は、最後に、

「これは、今回の件に限った話ではありません。どうか、心に留めておいてください。そして……あなたがいつまでここにいても、私は迷惑などとは思いません。そのような気づかいは、お考えにならないでください」

 と付け加えた。

 俺はただ、

「……分かった」

 と、うなずいた。

 あとは黙々と、山芋を口に運んだ。


 夕暮れの時間が、静寂に包まれたまま過ぎていく。

 風からはもう、夏空の熱気がせていた。


 取りあえず、今夜はここに泊まらせてもらおう――何か肩の力が抜けたように、俺はそう決めていた。

 今から外へ出ても、すぐに夜闇で何も出来なくなる。俺を狙ってる者がいても、危険をおかしてまで夜に行動しないだろう。

 この体では下山すら厳しいのも、自分でよくよく分かっている。今動けば、かえって無駄に命を捨てることになりかねない。

 仮に槻伏にたどり着けたとして、誰を救える?

 言い訳めいているかもしれないが、それでもまあいいか――そんな気分だった。

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