第9話 主君

「それはどういうことでしょうか? 何らかの事情があって、お味方はあなたを探しに来たくても来られないと、そういう意味でおっしゃってるのですか?」

 少年にそう問われ、俺はすぐには答えられなかった。

 あまり人に言いたいことではないが……納得してもらおうと思ったら、話すしかないか。

 俺は再び腰を下ろし、語り始めた。


「俺は……主君である新三郎様から、嫌がらせを受けていた。みんなそれを、見て見ぬ振りだ。だから誰も、俺の味方になってくれるような者はいない」

「嫌がらせ、ですか?」

「十五で元服げんぷくして出仕するようになってから、ずっとだ。最初のうちは、俺にいたらないところがあるからこんなあつかいをされているんだろうか、と思ったが、そうではないと気づいた。俺に何ら落ち度がなくても、若殿の態度は同じだった」

 話していると次第に、記憶がよみがえってくる。永遠に終わりの見えない、苦痛が日常とした日々が。

 胸の奥が重苦しく、どす黒くなるような感覚におそわれ、俺はそっと息を吐き出した。


 少年は真摯しんし眼差まなざしで、

「なぜ、新三郎様はあなたを? 何か、きっかけでもあったのですか?」

「俺が粗忽そこつだから、目を付けられたのかもしれん。命じられた用件をうっかり忘れたりとか、そういう不始末はやらかしてたから。ちゃんとびは伝えたが、それでは足りないのか、あるいは出来の悪さを正すためなのであれば、仕方ないかとも思った」

「……」

「だが若殿は、俺が何の不始末もしてなくても、物やら暴言やらをぶつけてきた。池に突き落とされたり、うまやに閉じ込められたこともあったな。若殿はそんな俺を取り巻き連中と眺めて、あざ笑っていた」

 言おうと思ってなかったことまで言ってるなと、心の一部が冷静に自分自身をとらえていた。

 それでもなぜか、言葉が止まらなかった。

 誰かに、ぶちまけたかったのかもしれない。ずっと、長い間。


 少年は、やや怪訝けげんな顔つきで、

「もしや、新三郎様はまだ幼い方なのですか? 人の上に立つ方が、そのような振る舞いをされるとは」

「今年で二十四になられた。俺より七つ上だ」

「……それでは、新三郎様の父君である尚時様は、どうしておられたのですか? 後継者でもある我が子のそのような行状ぎょうじょうを、おとがめにならなかったのですか?」

大殿おおとの――尚時様は、そもそも気づいておられなかった。幕府にお仕えするために都にお住まいの守護職に代わって、領国を治めるのが守護代の役目とはいえ、尚時様も都へのぼっておられることが多かったからな。若殿が巧妙だったのも大きいが」

 少年が黙り込んでしまった。


 暗い気持ちにさせたいわけではなかったんだが。

 俺は、せめてもと思い、付け加えた。

「みんな見て見ぬ振りと言ったが、実は一人だけ、かばってくださった方もいた。だが次の日には、その方のほうが謹慎きんしん処分に追い込まれていた」

「……」

「みんなが冷酷れいこくな人間だなどとは思っていない。主君には逆らえん、そしてその主君が奸智かんちけているという、それだけだ」


 そこまで話し終えると、俺は、

「待っていても味方など来ないから、ここでぐずぐず過ごす理由もない。もし誰か来ても、そいつは追っ手か落ち武者狩りだ。出来れば隠れてやり過ごして、もし見つかったら、俺のことは知らぬ存ぜぬで通せ」

 と忠告して、立ち上がろうとした――のだが。

 少年が素早すばやく立ち上がり、俺の腕をつかんだ。

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