第8話 謀反、出陣、そして……

「俺の名は、五百瀬いおせ藤吾とうご春永はるながという。五百瀬家は代々、麻岐国まきのくに守護代しゅごだいを務めておられる新柄家にいづかけつかえている。俺はその五百瀬家の嫡男ちゃくなんゆえ、元服げんぷくして以来、槻伏荘つきぶせのしょうにある守護所しゅごしょに出仕していた」

 をはさんで少年と向かい合って座りながら、俺は一つ一つ確認するように話し始めた。

 炉の五徳には、鋳物いもの薬鑵やかんが乗せられている。

 少年によると、薬をせんじているとのことだった。明日使う分だが、煎じた後、冷まして置いておく必要があるらしい。

 物事を人へ説明するのはあまり得手えてではないが、ちゃんと伝わっているだろうか。 

 いささか不安を覚えつつも、俺はじっと耳を傾けている少年を正面から見ながら、ここにいたるまでの経緯いきさつを語った。



 新柄家の家臣だった沖沼おきぬま十郎兵衛じゅうろうべえ謀反むほんを起こした。新柄家の当主だった尚時なおとき様が都から麻岐へ下向げこうされるところを襲って、あやめたんだ。

 そして笹羅山ささらやまにある、ずいぶん前に使われなくなっていたとりでに立てこもった。みずからの家臣団だけ引き連れてな。

 沖沼は、元々は麻岐の国衆くにしゅうの一人だ。

 国衆は、古くからずっと麻岐の各地で勢力を張っていた有力者。向こうから見れば、新柄家やその譜代ふだい直臣じきしんである五百瀬家なんて、よそ者だ。

 実際、守護職の湖峰家こみねけの家臣の中から新柄家が守護代に任じられて、麻岐の支配を行なうようになった当初は、反発する国衆もいたらしい。

 それでも今は、沖沼も含めてみんな新柄家の家臣となり、忠実に働いていた……と思っていたんだが。

 何か不満やうらみでも抱いていたんだろう。誰も気づかなかっただけで。


 新柄家は嫡男だった新三郎様が跡を継ぎ、沖沼討伐とうばつの総大将になった。すぐに兵が集められ、俺もその軍に加わり、出陣した。

 敵は三百にも満たない小勢こぜいに過ぎない。簡単に打ち負かせる――誰もがそう思っていた。

 若殿わかとの――新三郎様自身も、都にお住まいの湖峰家には「すぐに自分たちだけで鎮圧してみせる」と、自信たっぷりのふみを送っていた。

 いや。実のところ、俺はそう思ってなかった。何か、嫌な胸騒ぎがしていたんだ。

 その予感は当たった。笹羅山で砦に攻め込もうとしていた俺たちの背後から、別の軍勢ぐんぜいが奇襲をかけてきた。

 沖沼の手の者ではない。沖沼以外の国衆の軍勢だ。中には、西の隣国である斯野しのの国衆もいた。

 新柄軍は、総崩れした。


 惨状さんじょうとしか言いようがなかった。

 新柄軍の兵は次々に倒れていくし、脱走する者も相次あいついだ。敵の雄叫おたけびや血のにおいが、今も記憶に焼き付いている。

 このまま戦っていても勝ち目はない、いったん退いて体勢を立て直そうという決断が下され、槻伏まで退却することになった。

 総大将がどこにいるかを分かりにくくするために、三手に分かれて退却した。

 俺は新三郎様の隊に加わるように言われたんだが――退却の途中で、がけから落ちたんだ。



 一通り語り終えると、

「俺は、いわゆる『落ち武者』だ」

 と、やや自嘲じちょう気味に少年に告げた。


 薬鑵の口から、細く湯気が立ちのぼり始めた。それとともに、薬特有の苦そうなにおいも漂い、鼻先をかすめていく。

 いつの間にか、日差しの色や小屋に差し込む角度が少し変化している。それは日暮れの近さを思わせた。

 真昼に比べて熱気のげんじた風が、俺たちの間をふわりと通り過ぎていった。


 俺はまっすぐに少年を見据みすえつつ、

「俺がここにいては、そなたにまで危害が及びかねん。俺をねらって、ここに来る者がいるかもしれんから。もう充分世話になったから、行かせてもらう」

 と断って、疲労や痛みでだるい体を、そろりと立ち上がらせた。

 黙ってこっそり立ち去る、ということも考えた。

 だがそうしたら、少年が俺を探し回りかねない。それを別にしても、この周辺に追っ手や落ち武者狩りがいるかもしれないと教えて、警戒をうながしておく必要がある。

 それゆえ、こうして事情を話したのだ――。


 少年はかすかに表情をけわしくし、

「お待ちください。そのお怪我で山歩きは、危険過ぎます」

「そんなことは言ってられん。そなたを危険な目にわせたくないし、俺は槻伏に戻らねばならん。この陽気ならおれの直垂ひたたれ小袖こそではもう乾いているだろうから、着替えてくる」

「あなたを狙っている者ではなく、お味方があなたを探しに来る可能性もあるのではありませんか? むやみに動き回るより、ここにおられたほうがお味方も見つけやすいはずです」

「味方」という言葉に、俺はどきりとし、動きを止めた。

 むな苦しさを押し込めつつ、俺は少年にきっぱりと言った。

「『味方』は、いない」

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