第7話 訪問者

 どきりとした。

 いったい誰が来たんだ? まさか、敵方の追っ手か? あるいは落ち武者狩りがこの小屋を見つけたのでは――そんな懸念けねんが一気にわき起こり、体に緊張が走った。

 そんな俺とは異なり、少年は警戒心を抱くふうもなく、入り口のほうへ向かった。

 止めないと、とは思うのだが、

「あ、あの、ちょっと待て。もしかすると……」

 という以上の言葉が出てこない。

 いきなり追っ手だの落ち武者狩りだのと言っても、何のことかと思われるだけだ。どうしたものか。

 そうやって俺が迷っている間に、叩かれた引き戸を少年が何のためらいもなく開けると――。


 さっきの大鹿がいた。


 思わず力が抜けた。

 何だ、こいつか。大きくて角が多いだけでなく、角の形にもちょっと特徴があるから、間違えようもない。

 そう言えば、いつの間にか姿が見えなくなっていたな。どこへ行ってたんだろう。


 鹿は口に、竹製のかごをくわえている。中に何か入っているようだ。

 少年は鹿のそばへ寄り、

「食べ物が必要だと思って、持ってきてくれたのですね。これはありがたい。感謝します」

 と、礼を言ってかごを受け取り、わずかだが顔をほころばせながら、鹿の頭をでた。鹿はうれしそうに、少年の胸元にすり寄っている。

 ずっと無表情なわけでもないんだな、と意外な気持ちで眺めていると、彼はかごの中をこちらに見せ、

「山芋は召し上がられますか? 鹿がたくさん持ってきてくれたのです」

 と、たずねてきた。

 言葉通り、かごには山芋がいくつも入っている。


 俺はそろりと立ち上がりつつ、

「そりゃ、食わせてもらえるのなら、何だって食うが……」

 と答え、首をかしげながら彼らの近くまで行った。

 改めて山芋を見ると、どれも立派な芋ばかりだった。

「山芋は秋が収穫期のはずだが……今はまだ夏なのに、こんな大きくてきれいな状態のが手に入るのか?」

 俺がそう疑問を口にすると、少年はまったく不思議そうにもせず、

「いつも鹿が持ってきてくれるので、私はありがたくいただいてますが、どうやって手に入れているのかまでは分かりません」

「いつもって……この鹿は、そんなにたびたび食い物を持ってくるのか?」

「はい」

「そもそも、何者なんだ? こいつは。ここまで人になついている鹿自体、俺は見たことがないが」

「私がここに来た時に、たまたま鹿もいたのです。どういう鹿なのかは分かりませんが、それ以来、私に良くしてくれています。悪さはしません」

「角の数が多いが、もしや神の使いとか、そういうのではないのか?」

「それも分かりません」

 まるっきりの謎か……。

 いくら悪さをしないからと言って、そこまで無警戒に受け入れていいものなんだろうか。

 まあ何にしても、食う物が手に入るのはありがたいが。


 俺は、こちらを見ている鹿に、

「よく持ってきてくれたな。礼を言うぞ」

 と言って、その体を撫でようとした――が。

「っ!」

 鹿がこちらに角を突きつけてきたので、反射的に手を引っ込め、後ずさった。

 鹿はじっとこちらを――にらんでる?

 威嚇いかくしてるのか?

 一連の出来事を見ていた少年が、すっと俺と鹿の間に入った。

 彼が鹿の首筋にそっと触れながら、少しだけ目を細め、

「いけません。この方は客人です。それも、怪我をしておられるのです。傷つけるようなことは、私が許しません」

 と、なだめると、鹿はようやく警戒をいた。

 少年が表情をゆるめると、鹿はしばらく彼を見つめてから、ぴぃと鳴いて、おもむろに森のほうへ去っていった。

 少年はその背中に、

「何も持ってくる物がなくても構いませんから、またいつでもいらっしゃい」

 と呼び掛けている。


 俺は深々と息をついた。

 追っ手や落ち武者狩りでなくて、ほっとした。

 だが同時に――今の俺は「そういう身の上」なのだと、突き付けられた。

 しばし思案してから、俺は少年に申し出た。

「そなたに話しておかなければならないことがある。どうか、聞いてくれないか?」

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