第4話 猟師小屋

 辺りを見回すと、いろんな道具が目に飛び込んできた。

 水瓶みずがめおの、鍋、木づち……雑多ざったな道具は、その大半が壁際かべぎわに並べられている。

 おそらくここは、俺が様子をさぐっていた小屋の中なのだろう。弓も置いてあるところを見ると、やはり猟師小屋か。

 床はすべて土間どまで、その大半にむしろが敷き詰められていた。その床の一角に、簡易かんいしつらえられているのも見える。

 俺の体は、筵の上にさらに毛皮を敷いて寝かされていた。熊の毛皮のようだ。

 そして体の上には、誰かの衣が掛けられている。よく見ると、はなだ色の水干だった。


 少年は俺の顔をのぞき込み、

「のどはかわいていらっしゃいませんか? 水をお持ちしましょうか?」

「いや、必要ない」

 俺は反射的にそう答えていた。

 食べ物や飲み物には気をつけろ。特に、よく知らない相手から出された物は口にするな――幼い頃から、散々さんざんそう言い聞かされて育った。

 それゆえ、考える前に拒否の言葉が口を突いて出た。


 俺がまだ当惑とうわくして、どこかぼんやりしていると、少年はすっと立ち上がった。

 彼は壁に取り付けられているたなのほうへ行ったかと思うと、そこから何かを手に取り、すぐに戻ってきて、再び俺のかたわらに座った。

 彼が差し出したのは、よくよく見覚えのある、刀と脇差わきざしだった。

「あなたが腰に差しておられた物です。そばに置いておきましょうか? それとも、片付けておいたほうがよろしいですか?」

 そう問われたので、俺が、

「取りあえず、枕元にでも置いておいてくれ」

 と頼むと、

「分かりました」

 という返事とともに、かちゃりとそれらを置く音がした。何となくだが、先ほどまでより安心感がある。

 俺は自分が着ている小袖こそでを軽くまんで、

「この小袖は?」

 と少年にたずねた。

 気を失っている間に、俺が着ていたのとは違う小袖に着替えさせられていたのだ。生地きじも仕立ても上等な物だが、俺にはどうも小さい。

 彼は淡々たんたんとした表情と口調で、

「私の物です。あなたが着ておられた衣は血やどろで汚れていたので、洗って干してあります。けている部分もあるので、のちほどつくろっておきます」

 と教えてくれた。

 

 状況を飲み込みきれず、俺が周囲をきょろきょろとながめていると、少年は、

「何かご用があれば、遠慮えんりょなくおっしゃってください」

 と言い置いて立ち上がり、炉のほうへ向かおうとした。

 その立ち姿を見て、この小袖の持ち主なだけあって、俺よりずいぶん小柄だが、おまけに華奢きゃしゃだな――などと何気なにげなく思ったが。

 違和感を覚えた。

 何だろう、と考え、原因が分かった俺は、少年に確認した。

「そなた一人で、俺をここまで運んだのか?」

 彼は足を止めて振り返り、

「いいえ。私だけでは難しそうだったので、手伝ってもらいました。あなたにも紹介しておきます」

 と答え、方向転換して入り口の戸のほうへ向かった。

 なんだ。やはりそうか。あの体格で俺ほど上背うわぜいのあるでかい体を運べるだろうかと疑問に感じたが。まだ他に誰かいるのなら納得だ。

 少年は引き戸をすっと開けた。

 そこにいたのは――。

「……鹿?」

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