第2話 侵入

 山林の中の、ちょっと開けた場所に建つその小屋は、板葺いたぶきの簡素かんそな造りだった。格子窓こうしまどが付けられ、戸は引き戸になっている。

 新しい物ではなく、そこそこ年季が入っていそうだ。風雨にさらされた年月が、独特の風格をかもし出していた。

 獣を狩る猟師か、もしくは木を切る杣人そまうどが建てた物だろうか。

 そういった山人やまうどは、仕事の間だけ滞在するための小屋を山に作ることがある。この小屋の大きさなら、雑魚寝ざこねであれば四、五人が寝起き出来るだろう。

 山人の小屋が、この笹羅山ささらやまにもあるとは聞いてないが、俺が知らないだけで、建てる許しを得た者がいるのかもしれない。

 あるいは、昔と違って山の管理がゆるくなってるから、山の恵みを必要とする者が勝手に入り込んだんだろうか。とりで頻繁ひんぱんに使われていた昔なら、厳格に管理されていて、そんなことは出来なかっただろうけれど。

 何にしても――これはちょうどいい。


 俺はそっと、辺りの様子をうかがいながら小屋に近づいた。

 折よく誰もいなければ、ここで休ませてもらおう。

 ついでに、役に立ちそうな道具が置いてあったら拝借するか。ひょっとしたら、食料もあるのでは――そんなことを目論もくろみながら、小屋の壁に耳を当て、中の気配をさぐった。

 もしも人がいたら――あきらめるしかない。

 小屋の持ち主が親切で、事情を話したら俺を助けてくれて……などという展開になるのは、おとぎ話だけだ。

 逆に殺されるか、捕まえられて敵方に突き出される。現実はそんなものだろう。

 どうか、不在であってくれ。


 神経をぎ澄まし、耳をそばだて――呼吸十回分ほどの間、じっと探り続けたが、何も感じない。

 誰もいない。

 よし。

 俺は小屋の引き戸に手をかけ、そろりそろりと開けようとした――が。

「そこで何をしておられるのですか?」

 と、後方から男の声が聞こえた。

 まずい! 見つかった!

 女ならまだしも、男なら生かしておくわけにはいかない。敵方に俺の存在を知らされるだけでもまずい。

 声からして、向こうとの間にはそこそこ距離がある。逃げられぬよう、一気に間合まあいを詰めて切らねば――そう思いつつ、刀に手をかけながら振り返った。

 その瞬間。

 何か大きな物が俺に向かって突き進んできて、ぶつかった。

「!」

 あまりの衝撃に、俺の意識はあっという間に薄れていった。

 それでも目には、声の主とおぼしき人影がしっかりと焼き付いた。

 俺とあまり年の変わらない、少年らしき人影が――。

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