発覚

本田仁警部は書類の整理や、雑務に追われていた。

宝玉岳麓の警察署で1番の花形はやはり山岳課だろう。消防署と連携し、山での事故や災害に対応する。

しかし、本田は名ばかりの殺人課だった。もちろん仕事はない、このまま平和に歳を重ね定年を迎えるのだろうと考えていた。

そんな彼の元に電話がかかってきた。

「もしもし、N町警察署です。」

「本田警部ですか。吉田です。」

電話の相手は本田がよく面倒を見ている鑑識官の吉田だった。

彼の声には微妙な震えがあった。

「どうした。さっき山岳課の連中と出発したばかりだろ。忘れ物でもしたか?」

「そんなんじゃないです。山で、なんて言ったらいいかな。事故だと思ってたんですが、調べるうちにちょっと様子が違ってきて。」

普段はハキハキしているはずの吉田だが、この時ばかりは、説明に不明瞭さがあった。

「なんだ、俺が呼ばれるってことは殺人か?はっきり言ってくれ。」

「とにかく、本田警部の応援が必要です。お願いします。」

その後、吉田は現場がどこか伝えた。宝玉岳の登山道中腹。一体何事だろうか。吉田との電話を切ると、山岳課の登山セットを失敬し彼は山へ向かった。


「どうなってんだこれは。」

その2人の死体を見た本田は理解に苦しんだ。

登山中だったであろう老夫妻は山道から少し外れた茂みの影に横たわっていた。

これだけなら心中や遭難など、可能性を導き出せたかも知られないがこれは明らかに他殺だった。

2人とも片目を抉り取られていたのだ。

さらに、首に切り傷、そして注射痕が残されていた。

しかし、直接な死因になっているのは、的確に心臓付近にある刺傷だろう。

「鑑識でも、困ってるんですが、出血が極端に少ないんですよ。まるで血を犯人が持ち去ったような感じで。」

吉田が説明をした。

「第1発見者は?」

「午後から山に入った登山客3人組です。用を足すために、登山道を外れた時に死体を見つけたそうです。」

「ふーん。わかった。」山中で殺人。それだけでも不可解なのに、血を持ち去ったり、目を抉り取ったり本田にはわけが分からなかった。「それで、死亡推定時刻は?」

「詳しくは何とも言えないんですけど、今日の午前9時から12時の間ですね。」

「わかった。だいたい、6時から8時台のバスに乗った可能性が高いな。調べさせよう。身元は割れたか?」

他の刑事が、バス会社に向かっていった。

「身元なんですが、持ち物からすぐにわかりました。中村典夫。65歳。妻の中村朱里。61歳。」近くの刑事が手帳の内容を読み上げた。

「登山届はあったか?」本田がその刑事に質問する。

「はい。どうも6人組で登山したみたいです。」

「なぜ、他の4人が通報しないのか、わからん。その4人に当たろう。上の山小屋についていないか、すれ違った者はいないか、聞き込みだ。」

本田は指示を出し、登山届の写しを確認した。責任者の名前は成田青太。有名な経営者の向山達彦。木曽昇。岸谷真那。彼らを1人1人に連絡をとることにした。

すると、山小屋に確認をとっていた刑事のひとりが報告に来た。

「今日は朝から4人組の登山客は到着していないそうです。しかも、今日この登山道に下った人はいないようで、恐らく4人組の目撃者はいません。」

まだ山道にいるのだろうか。もしくは、遭難?様々な可能性が本田の脳内に駆け巡った。

「とりあえず、山岳課と協力して日暮れまで4人を探そう。俺は電話をかける。」

電話が通じる休憩所まで下山する本田。

公務用の携帯を取り出すと、責任者である成田青太の電話番号に発信した。

意外とあっさり電話が繋がった。

「もしもし。」その声は、疑念に満ち溢れていた。

「こちら、N町警察署の本田です。成田青太さんの携帯で間違いないですね。」

「警察?なんで俺に?」成田の声の後ろでは、車のエンジン音が聞こえていた。さらに「えー?警察?」という、甘ったるい女性の声も聞こえた。

こいつは山にいない。それは確実だった。

「成田さん。今日の登山について聞きたいのですが?」

「あー。登山ね。真那に誘われたんですけど、辞めました。そういうのだるいんで。」

「ということは、今日は朝から宝玉岳には一切近づいていないと言うことですか?」

「もちろんっすよ。証人とか必要なら今、代わりますけど。」

嘘をついている様子はなかった。

「代わらなくて結構です。一応住所を確認します。」

本田は、登山届の住所と一致している事を確認し、現在話せる範囲で、起こった事を話した。

成田も事の重大さに気づいたようで、深刻そうな声で、調査に関係あることは協力すると言った。


山の日の入りは早い。もう1時間もしたら捜索は中止だろう。

それまでに手がかりがあればいいが、本田は休憩所のベンチに座り、吉報を待つことしか出来なかった。


それから30分程して、本田の元に凶報が届いた。

谷で向山達彦の死体。そこからさらに登った所に岸谷真那の死体。さらに森林限界を超え少しした岩場の影に木曽昇の死体があったという。

3人の死体に共通していたのは、片目が抉られ、首に切り傷、注射痕。そして心臓を一突き。出血は少なかった。

3人の死体の回収は急がれ、死亡推定時刻について吉田から連絡が入った。

3人が死亡した時間はかなり狭い範囲だったようで、どのような順番で死亡したのか不明だと言うのだ。


日が暮れたため、犯人の捜査は中止。

警察署では、本田が遺品と向かいあっていた。指紋の採取などひと通りの作業は終わっているが、吉田と共に見聞を開始した。

「今日発見された5人が所持していた。宝玉岳登山概要という資料には、責任者も主催者も向山達彦となってました。」

つまり、謎の人物Xがいたとしたら、Xは登山届を改竄し、その他資料でも巧妙に名前を出さないように心がけていたと言うことになる。

そう考えながら、本田は木曽の遺品のカメラないのデータを確認していた。

「注射痕については、何を注射されたのか検死しないと分からないそうです。あと、最後に見つかった3人の詳しい死亡推定時刻も検死待ちですね。」

吉田は、諦めたように両手を上にあげた。

「まて、木曽が残した写真で分かるぞ。」

本田が声をあげ、木曽が撮影したと思われる岸谷の写真を見せた。

「木曽は向山の死体を撮影してる、時間も端に表情されている通りだ。そして、最後の写真に岸谷が写ってる。つまり、向山の後に岸谷と木曽は殺されたことになる。」

岸谷の写った写真をよく見ていると吉田が「じゃあこれは!」と画面を指さした。

指差す先には、これまで見つかった5人とは違うリュックと、岸谷の身長と比較すると恐らく男と思われる肩が写っていた。

「このリュックの男がXって事ですか?」

「その可能性が強い。それに、木曽はこんな足跡の写真も残してる。」

3人組の足跡と2人組の足跡の写真である。

5人の遺品から靴を探し、比較する。

3人組のうち2つは木曽と岸谷。

2人組のうち1つは向山だった。

そして、それぞれの写真で不明の足跡はXのものということになる。

「吉田!この足跡から登山靴を割り出せるか?出来れば誰が買ったかまでたどり着きたい!」

大きな証拠に本田は心を踊らせた。同時に、なぜ、3件の殺人が起こっているのにも関わらず、木曽は写真を取り、真那も笑顔を見せていたのか、Xはどのようにこの2人の命まで奪ったのか、考えればを考えるほど恐怖を感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る