xxii Over Drive

 結局Ishtarイシュターのメンバーが全員揃ったのは夕衣ゆいvultureヴォルチャーに来てから一時間後だった。その間は莉徒りずと各々が思っているIshtarの方向性などを話していたのだが、夕衣と莉徒の考えは大体同じベクトルを向いているようだった。

 莉徒の後に二十分遅れて二十谺はつかが来て、更に二十分後に同じアルバイトをしている公子こうこ、すみれ、英里えりが来てIshtarの面々が揃った。

「よぉっし、じゃあ始めよっか。とりあえずまぁ言い出しっぺは私だから、リーダーは私やるよ」

 言い出しっぺもあるが、莉徒が一番統率力もあると夕衣は思う。夕衣だけではなく、きっとみんな莉徒のどこかしらを気に入ってできた付き合いなのだろうから、それは誰も反対はしないだろう。

「うん。で、方向性とかどうするの?」

 二十谺が静かに言う。夕衣の私見ではあるが、恐らくこのメンバーの中では公子と共に落ち着きのある性格だと思える。突っ走り気味の莉徒を抑える役は公子と二十谺が自然と担うことになるだろう。夕衣ではとてもではないが抑えられる自信がない。

「私と夕衣の間で話した部分では、昨日夕衣がやった曲の中から一曲、あとは皆の中でストックがあればそこから曲を出し合う形にしようかって話してたんだ。方向性とか雰囲気とかはそれからかな」

 昨日電話で話したことを要約して莉徒は言った。

「あたしはないなぁ」

「アタシもー」

「あたしはフレーズとかならいくつかあるけど、曲にはなってないなぁ」

 公子、英里、すみれが口々に言う。それも当然か、と夕衣は思う。オリジナルソングを演奏しているバンドにいたとしてもそのメンバー全員が楽曲を創っている訳ではない。

「二十谺は?」

「私はあるにはあるけど、ちょっと激しい感じかなぁ。このバンドでどういう音楽やるかって判らないから、とりあえず出しちゃってもいいけど」

 元々二十谺が所属しているバンド、シャガロックは激しい曲が多い。二十谺の好きな音楽もどちらかと言うとそちら寄りなのかもしれない。

「いんじゃない?」

「ねぇ。女だからってキレイで静かな曲やんなきゃいけない訳じゃないし」

 英里が同意して、すみれも英里の言葉に乗った。それには夕衣も同意だった。すみれや英里がいたバンドはポップなものが多かったし、莉徒のKool Lipsクールリップスはポップなものからロックンロールまで様々な曲がある。夕衣自身は落ち着いた曲調のものばかりだが、どれもしっかりと取り入れてこそのバンドだ。

「それもそうだよねぇ」

「わたしもやれる曲はいろんな形でやっていってもいいと思うよ。バンドの色とかジャンルなんて後から付いてくると思うし」

 特にバンドの発足時から、こういったジャンルしかやりません、等とバンドの枠を狭めることはないと夕衣は思う。やりたいと思う曲であればそれはどんどん挑戦して行けば良い。中には自分好みではない楽曲なども出てくるだろうけれど、そういった曲こそ今まで触れてこなかった曲に触れられるチャンスだと思えば、何かしら学び、吸収できる物もあるはずなのだ。

「唄は基本的に私と公子さん、夕衣で、二十谺と英里はコーラスやってね」

「うんおっけ」

 英里が応えて、二十谺が頷く。ギターのパートも、コード弾き、サイドギター、リードギターと持ち回りになるだろう。

「キーボードいるからいろんな幅のある音楽ができそうね」

「英里は譜面さえ持ってけば何でも弾いてくれるわよ」

 違う種類の楽器が多ければ多いほどやはり音楽の巾は広がる。夕衣は殆ど弾語りしかやってこなかったこともあり、その巾の広がり方にはどう対処して良いか戸惑うところではあるが、そういった場合は餅は餅屋。アレンジなどはそのパートごとにやってもらうしかない。

「うお!だ、だれそんなこと言ったの!」

 ナニ、と言わんばかりに英里が声を高くした。

「え、あたしら組んでた時みんな言ってなかった?」

「えーうそー!」

 すみれの言葉に英里は更に声を高くした。

「よしよし、鍵盤はすーも公子さんもいけるしね。二十谺ってドラムは?」

 英里の言葉をまるで無視して莉徒は話を進める。少し気の毒になりつつも、夕衣は二十谺の言葉を待つ。

「基本しかできないなぁ」

「え、なんで、彼氏ドラマーじゃん」

「関係ないんじゃ……」

 思わず苦笑しつつ言った夕衣の言葉に二十谺も静かに頷く。

「すーと英里はギターも弾き語りくらいならいけるはずだよね」

 それも無視して莉徒はどんどんと話を進めて行く。とことんマイペースだ。

「ある程度までの弾語りなら全員いけるんじゃない?」

「ふむ……まぁギターいけりゃ、簡単なベースも全員オッケーだよね」

「まぁそうだね」

 ベーシストのベースとは訳が違うが、ギターで弾語りができる程度であれば、確かにコードの一番低い、ベースノートと呼ばれるキーを一定のリズムで弾く、所謂ルート弾きくらいならばできる。

「まぁでもパートチェンジとかは後で考えるか……」

「え、まだ何も決まってないのにパートチェンジのこと考えてた?」

 半ば呆れてすみれが言った。そういえば確かに、と夕衣も思う。

「だって色々できそうで面白そうなんだもん」

「まぁそうだけどさ……」

 それは確かにそうだが、そういったパートチェンジなどは実際にライブでやるとなると難しい。各々の楽器のセッティングに時間がかかることがまず一番の要素だが、総合的に見た楽曲のまとまりも、本来のパートで演奏するよりも格段に落ちる。パートチェンジは本来のパートで充分に慣らしてからでなければ手をつけるべきではない。まだバンドの方向性も定まっていない今の状況ではいくらなんでも早すぎる。

「でさ、夕衣ちゃんの昨日やった曲ってどれやるの?」

 流石に一度聞かせただけでは覚えられないことは夕衣も判っている。英里の質問は当然だった。

「昨日話してたのは二曲目にやったやつとIshtar Featherイシュターフェザー

「ん?二曲目ってどんなんだっけ?」

「……って感じの。Sceneシーンって曲なんだけど」

 英里に聴こえるように、しかし他のお客さんには聞こえないように調整しながら夕衣は軽くハミングする。少し恥ずかしい。

「あーあー、うんアタシもそれ良いと思ってた!いいんじゃん?」

 そうだね、とすみれ、公子と二十谺も同意して頷いてくれた。すんなりと夕衣の曲が受け入れられたことが夕衣にとっては嬉しかった。特にこの曲はこの街にきてから初めて創った曲だ。既に思い入れはある。

「じゃもう一曲のIshtar Featherのバンドアレンジってどんな感じ?」

「ピアノを前面に押し出すのがいいかなぁと思うんだけど。今出回ってるのって、夕衣が唄ったのはフルアコでしょ。んで、出回ってるディーヴァのもギターがメインだし」

 公子が訊ねて莉徒がそれに応えた。夕衣自身はIshtar Featherをバンドアレンジにすることなど考えたこともなかったので、莉徒の意見は中々に建設的だ。バンドでやる以上はバンドの曲にしなければならない。夕衣の曲というだけではなく、バンド全員が共有する『自分達の曲』にならなければいけない。そしてそうならなければいけない曲に夕衣の一番大切な曲が選ばれた。

「なるほど、早速英里ちゃん大活躍だね」

「え、待って」

(ん?)

 ばば、と両手を開いて前に突き出す。ヤメテヤメテと言わんばかりに。

「何?」

「アタシ、弾くのはいいけどアレンジするのとか創るのって超センスないんだけど」

 なるほど、と夕衣は顎に軽く握った拳を当てる。オリジナルソングを展開しているバンドで、全員が作曲者ではない理由の内の、最も大きな理由の一つでもある。楽器を弾くことと曲を創ることはまるで別次元の話だ。極端な例ではあるが、楽器は弾けないが作曲をするという者がいれば、楽器の演奏は巧いけれど、作曲はまるでできない者もいる。特に英里は後者の典型なのだろう。

「でもそんなの皆一緒じゃない?」

「結局何だかんだいってピアノ一番巧いのは英里だしねぇ」

 くく、と莉徒と公子が揃って意地悪な笑みを浮かべる。

「ちょ、公子さん!」

「いやまぁそれは冗談として、別に英里一人に任せるつもりはないって」

「ほんと?」

 ほ、と安堵の溜息を漏らしつつ英里は言う。本当に作曲やアレンジは苦手なのだろう。しかし夕衣はピアノやシンセサイザーの知識は殆どないといっても良い程度だ。アレンジや作曲が苦手だとは言っても英里の知識は絶対に必要になってくるはずだ。

「勿論。やっぱ作曲者には一番協力してもらわなくちゃいけないだろうしさ」

「まぁそうだね、わたし全然鍵盤できないけど」

 夕衣は言って苦笑する。アレンジは考えることはできるだろうが、ギターの指板とピアノの鍵盤ではまるで勝手が違う。どこまでできるかはやってみないと判らないが、Ishtar Featherのアレンジに関しては英里ととことん話し合わないといけないだろう。

「すーも公子さんも鍵盤やれるんだから大丈夫よ」

「そぉ?」

 全員に視線を巡らせて英里が不安そうに声を上げる。良くころころと表情が変わる。何とはなしにみんなを和ませる空気感を英里は纏っている。

「うん、みんなでやろ」

 莉徒とすみれ、公子とは何かと一緒にいる時間が長かったせいか大分馴染んだつもりではいるが、英里と二十谺とはまだちゃんと話したことがなかったので、今日は本当に良い機会だった。

「よーし、じゃあリーダーはスパルタだけど夕衣ちゃんが癒してくれれば頑張る」

(英里ちゃんのが見てて癒されると思うけど……)

「じゃあ、とりあえす夕衣の二曲と、二十谺の一曲ね。二十谺音源ある?」

「ないよ。詞にコード振ったのはあるけど」

 それだけでもあれば充分曲になる。一度弾き語ってみれば曲の感じも掴めるだろうし、曲の感じを掴めればアレンジの方向性も見えてくる。アレンジを詰めて行くのであれば、曲は弾き語りレベルの方がやりやすい。

「あぁ、じゃあアレンジに依っては激しくならないかもじゃん」

 やってみなければ判らないが、まだ素体に近い状態なのだ。どう転ぶかは判らない。

「でも結構唄メロが攻撃的かも」

「そっかぁ」

 ふむ、と莉徒が頷く。

「でもそれならそれで、ぶっちゃけて思い切りカッコつけてやった方がいんじゃないの?」

 すみれが言う。確かにステージ上ではそういうものだ。素ではできないけれど、ステージ上でならできる、ということはたくさんある。夕衣は人見知りする方で、あまり他人に自分からは声をかけられない性格だが、ステージに上がってしまえば自分が創った曲をちゃんと歌えるように。半端な照れ等があると余計に格好悪くなってしまうものだ。

「そう思うよ」

「んじゃとりあえず三曲?」

「そっすね。んで、まぁ各自できる範囲で作曲を進めてく感じにしよ」

 とりあえず練習する曲はこれで固まったということだ。三曲あれば最初のうちはそれに集中できるが、恐らく皆それなりの腕は持っているはずだ。すぐに曲が足りなくなってくるだろう。

「おっけー」

「すーのフレーズ基にしてセッションしてみても面白いだろうしね」

 フレーズやリフレクションなどはそれだけでつなげても楽曲として成り立つ場合がある。ロックンロールは勿論のこと、ハードロックやLAメタル、グランジロック等にそういったパターンが多く見られる。セッションができれば楽曲に発展して行く可能性は充分にある。

「あぁそうだね、そういうのもやっていきましょ」

「よーしゃ、んじゃ夕衣の曲は昨日の音源から引っ張るとして、二十谺のはスタジオで一から始める感じでいいかな」

「そうね」

 全員が頷く。中々面白いバンドになりそうだ、と夕衣は改めて思った。

「じゃ、とりあえずはそういう方向で、スタジオの日、決めちゃおっか」

「あ、そ、その前に、皆、連絡先、交換しない?」

 本当はメンバーが揃ったところで言い出したかったのだが、中々言い出せなかった。電話やメールがいつでもできる環境があれば、英里や二十谺とももっと近付けるだろう。

「おぉ、そうだね。アタシ夕衣ちゃんと二十谺ちゃんのは知らないや」

「……」

 しばし全員が携帯電話を操作する無言の時間が流れる。夕衣は公子、すみれ、英里、二十谺から電話番号とメールアドレスを受信して、全員に電話番号を記したメールを送信した。

「え、夕衣ちゃん、ユイユイって」

 メールを受信した英里が夕衣のメールアドレスを見て笑顔になる。曲のタイトルをつける時もそうだが、夕衣はネーミングが苦手だ。メールアドレスの場合、自分でも覚えやすい物でなければいけないという考えばかりが先走り、考え抜いた挙句、自分の名前しか思いつかなかったのだ。

「あーほんとだ、かわいい」

「え、お、思いつかなくて……」

「今度からユイユイって呼ぼっか」

 すみれがとんでもないことを言い出す。

「え、そ、それは……」

 英介に知れたら偉いことになるが、そういえば夕衣のメールアドレスに関して、英介は何も突っ込みがなかった。恐らくろくに確認もしないで登録してしまったのだろう。

「可愛いじゃん!夕衣ちゃんて呼ぶのもユイユイって呼ぶのもあんま変わんないし!」

(ああ……)

 このノリは抵抗できない。近い内に英介もとても小ばかにするような口調でユイユイと言ってくることになる。

「あいあい、登録はさっさと済ます!」

 この場にいる全員の連絡先を知っているためにやることがない莉徒がぱんぱんと手を叩いた。

「おっけー、終了」

 英里が言って携帯電話をテーブルに置くと、今度は手帳を取り出した。

「んじゃリハね。私は来週はバイトとKool Lips入ってるから週末はきついな」

「あたしは日曜がバイト。土曜は空いてる」

「あたしは土日バイトだけど、午前中か夜ならいけるよ」

「え、すーちゃん土日入れてんの?」

「うん。貧乏学生だもん」

 各々が手帳を取り出して相談を始める。他にバンドがある訳でもなく、アルバイトをしている訳でもない夕衣のみが手帳を持っていない。何だかそれはそれで少し悔しい気もする。

(み、見栄でもいいから今度手帳買っとこ……)

「はっちゃんの手帳カワイイね」

「ほんとだー」

(二十谺ちゃんがはっちゃんでわたしはユイユイ……)

 いっそのこと二回繰り返しではなく、一度で止めて普通に夕衣と呼んでくれれば良いものを、と思う。しかし呼び名やあだ名など、呼びやすいかどうかの効率性を考えてつけられるものではないことは夕衣も判ってはいる。

「スタジオ梯子は結構つらいよねぇ」

 普段から人一倍スタジオに入っている莉徒が言う。シャガロック+SizzLizzプラスシズリズが止まっても、このバンドが増えれば今莉徒が参加しているバンドの数は変わらない。忙しいのは変わらないのだろう。

「最初は二時間でいっかな?」

「そうですね、三曲一気にできる訳じゃないし。莉徒、最初は夕衣の二曲目のやつでいいのかしら」

「じゃそうしよ。Ishtar Featherは時間かけてアレンジしたいし。んで、日程どうよ」

 二十谺に答えて、莉徒は再び手帳に視線を落とす。

「再来週は土曜だけバイト入れてるから再来週の日曜はどうすか?公子さん」

「あぁ、あたしも日曜は空いてる。英里は?」

「アタシも大丈夫です。はっちゃんと莉徒は?」

「私は空けとくよ」

「私も多分大丈夫」

 すみれから公子、公子から英里、英里から二十谺、莉徒へと伝言ゲームのように会話が連鎖する。中々息が合っているのかもしれないな、と夕衣は一人で楽しくなってしまった。

「ユイユイは?」

「え、あ、だ、大丈夫だけど……」

(ユイユイ……)

「あ、ユイユイヤダ?」

 夕衣の心中を敏感に察知したのか、英里がそう言ってきた。

「う、ううん!全然!」

(あぁ、わたしのばか……)

 反射と言っても良いくらいの速さで夕衣は即答した。即答して、内心後悔する。態々自分で樋村英介にからかわれるネタを作ってしまうとは。

「あ、でもちゃん付けしない方が……」

 きっと、そのうち、ユイユイと二回繰り返すのが面倒になって一回で止めてくれるだろうことを切に願って夕衣はそれだけを言った。いや、それだけしか言えなかった。

「それならユイユイだし!」

「そ、そうだね!」

(ううう……)

 このノリが音楽で良い方向に出ることだけは間違いなさそうだ。

(そうだよ。それにきっとあだ名って親しみがあるから付くんだもん!)

 髪奈さん、と苗字で呼ばれるよりずっと良いではないか、と夕衣は自分で自分をフォローした。

「じゃあスタジオは私押さえとくから、時間はあとでメール入れるね」

「かしこまりー」

「んじゃ第一回Ishtar会議を終わりにしまーす……」

 そう言って莉徒が立ち上がり、す、と手を出してきた。莉徒の手の少し上に二十谺の手が重なる。莉徒の意図に気付いたすみれ、公子、英里が次々と手を重ね、最後に夕衣がそこに手を重ねた。

「おーし、じゃあIshtar発足ってことで、頑張ろう!」

「おーっ!」

 まるで体育会系のノリだが、悪くない。きっとこれから様々なことがあるだろうけれど、この仲間達となら突っ走って行けるような気がした。

 裕江の形見のリングが胸元で小さく揺れた。


 xxii Over Drive END

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