xix LET'S DO IT WITH THE MUSIC

「重大発表?」

「そ」

 えっへん、とでも言わんばかりに莉徒りずは偉そうに胸を張る。夜の喫茶店は莉徒の一言でなにやら怪訝な雰囲気に飲み込まれてしまった。

「あい、夕衣ゆい英里えり、すー、公子こうこさん、コッチきて」

「あぃ?」

 そのメンバーで重大発表といえばバンドを組むことしかない。ただ……。

「あたし?」

「そ。早く!四十秒で支度し」

「うるさい」

 英里、すみれ、公子の表情を見る限りでは、莉徒が彼女達に何の説明もしていないことは明らかだった。なんだなんだ、と三人は不思議顔を作りながらも、莉徒の立つ位置に近付いた。

「はい、あっちみて」

 店の入り口側に莉徒と夕衣、呼ばれた三人が集まり、この場にいる他のメンバーとは対面する形になる。夕衣はほぼ判りきっている莉徒の言葉を待った。

「あぃ、このメンツでバンド組みます!」

「はぁっ?」

 英里、すー、公子が揃って頓狂な声を上げ、それ以外のメンバーはおお、と感嘆の声を上げた。それはそうだろう、と夕衣だけが苦笑した。

「何、驚かないってことは夕衣ちゃんは知ってたとか?」

「う、うん、まぁ……」

 まさかこのタイミングで発表するとは思いもしなかったが。すみれの言葉に夕衣は歯切れ悪くも答えた。

「ベース誰やんだよ」

「私やるつもりだけど……二十谺はつかやる?」

 英介がそう言って、莉徒は視線をめぐらせる。恐らくは夕衣とほぼ同時に長身の眼鏡美人に目が留まった……はずだ。

「面白そうだけど……六人て多くない?」

 尤もな言葉だ。しかしやはりベーシストがいるのといないのとでは確実に演奏に差が出る。ただ弾くだけならば夕衣もベースは弾ける。しかし、ベーシストが弾くベースとギタリストが弾くベースでは絶対的にグルーヴ感が違う。ベースという楽器はギタリストの感覚では中々弾けない楽器なのだ。莉徒もベース経験はあるとは言っていたが、恐らくはギタリストが弾くベースからは抜け出ていないように思える。

「まぁ多いね。でもいない訳じゃないし」

「そうだよもうこうなったら一緒にやろうよ!」

 確かにいない訳ではないし、ここまで話してしまってから、やはり人数が多いから無理、とも言えないだろう。英里が半ば自棄になって二十谺を誘った。

「そしたらシャガロック+SizzLizzシズリズは止まっちゃうかも」

「まぁそれはそれでしゃーねーだろ。そっちはそっちで面白そうだから見てみてーしな」

 とおるがそう言って腕を組む。こうして公言してしまっているのに、シャガロックの面々にすら何も言っていなかったのか、と夕衣は少々呆れた。しかし夕衣としてもメンバーが全員女性というバンドはやったことがないので、楽しみであることには違いなかった。

「んじゃやろっか」

「おっけー、んじゃこっち!」

 応えた二十谺においでおいでして、莉徒は満足げに笑う。

「つーかさ、これ、いつから決まってた訳?」

「一週間くらい前?だっけ?夕衣」

 公子の問いに首をかしげながら莉徒は言った。いきなり話を振られても困る上に、あの時は決定事項ではなかったはずだ。

「んー、でも決まったって言ったって、今日が終わってから皆に話すって言ってたし……」

「だから終わってから言ったじゃない」

「そういうアレじゃないと思うんだけど……」

 しかもすみれや公子、英里を誘った訳ではなく、いきなりバンドをやる、という決定事項を発表しただけだ。流石は柚机ゆずき莉徒とも思うが、本当にこれで大丈夫なのだろうか、と一抹の不安を感じてしまう。

「そうだよ莉徒ー。あたしらの意見は?」

「何よ英里、やりたくないの?」

 ぬ、と口に出し、莉徒は英里に詰め寄った。

「や、やるけどっ」

「すーは?」

「やるぜ」

 次にびし、とすみれを指差しすみれが即答する。何故だかその即決さが男前だと思ってしまう。

「公子さ……」

「あたしもやるけど」

 ぐるり、と視線を巡らせて公子に問いかけたが、言い終わらないうちに公子も即答した。

「ほら、満場一致じゃないの」

「な、ナシクズシ……」

 苦笑しつつも夕衣は言った。各々がやってみたら面白いかも、と思ったこともあるのだろうし、実際に一緒に演奏したことがある公子などは、莉徒と同じように組んでみたい、と思っていたのかもしれない。

「やかましいわね。ともかくやるの!そんでバンド名!」

「決まってんの?」

 そこまで決めているとは相当のやる気だ。莉徒がメインでやっているバンドのKool Lipsクールリップスという名前は莉徒が決めたそうだ。莉徒のネーミングセンスは中々良いと思っていた夕衣は莉徒の言葉を期待して待つ。

 莉徒は腰に手を当ててまず英里を指差した。

「えーこーはーゆーすーり!」

 英里に向いた指先が公子、二十谺、夕衣、すみれ、そして莉徒本人に向く。

「な」

「あたしらの頭文字取っただけじゃん!」

 何かを言い出そうと夕衣が口を開いた瞬間、英里が全てを代りに言った。

「まぁぶっちゃけまだ決めてない」

「じゃあさ、さっきの夕衣ちゃんの曲からIshtarイシュターってどぉ?」

 偉そうに腕を組む莉徒の額を小突いて公子が言う。

「え」

「おお、いいじゃん女神様」

 英介えいすけが言って手を叩く。

「あんまり良い女神でもないんだけどね、ホントは……」

「そうなの?」

「そ」

 二十谺が言って、それに莉徒が問い返した。夕衣も神話等には詳しくないので少し調べたことはあるが、確か勇者を誘惑したり、嫉妬で誰かを殺したり、と激情をぶちまけるような女神であったと記憶していた。読み方は『イシュタル』、『イシター』などがあるが、夕衣は恐らくは少数派であろう『イシュター』という読みを選んだ。女神の起源や性格はどうあれ、このイシュターという響きが単純に気に入っただけなのだが。

「でもま、いいじゃん。あたしらだって汚れてんだしさ。女神様だってそんなキレイなもんじゃないよ」

「それ莉徒だけ……」

 思わず、といった風にすみれが口走った。

「ん、今オレだけっつったか?」

「うそ、言ってません」

 すみれの顎をつまんで莉徒はすみれに詰め寄った。

「まぁ何はともあれ楽しそうでいいじゃん。俺らも対バンできんの楽しみに待ってるからさ」

「そうだな、おもしろそうだぜ」

「おー、がんばれよなー」

 晃一郎こういちろう、シズ、亨が口々に激励の言葉を投げる。

「おっけー」

 こうしてガールズバンドIshtarが発足した。


 打ち上げは結局バンドIshtarの発足発表をしてすぐに解散となった。夕衣にとっては長い一日だった。涼子りょうこの店は商店街の外れにあるので商店街の中を公園に向かって歩き出す。駅までは皆一緒だったが、駅からは電車で帰る者、自転車を置いてある者、方向が全く違う者等とてんでんばらばらになり、夕衣、英介、奏一そういちが残った。

「あんなにいっぱい仲間がいて、男も女もいるのに付き合ってるの一組だけなんだね」

 莉徒の元彼は英介のほかにもいるのだろうかなどと余計なことまで考えてしまう。

「あぁ、亨と宮野木みやのぎな。まぁ英里もすーも公子さんも彼氏いっけど、あんま打ち上げとかは顔出さねえな。今日も来てたんだけどな」

「え、そうなの?……みんなバンドとかやってるの?」

「やってるよ。ライブあれば行くしさ。俺でも結構すーの彼氏とか良く遊んだりすっけどなー」

 英介の言葉に奏一が返す。それぞれ全員が全員仲良しという訳ではないことは充分頷ける。これだけの人数が集まれば勿論個人的な好き嫌いもあるだろうし、夕衣と莉徒、すみれのように同じ学校だから付き合いが深い、という場合もある。

「え、マジかよ」

「英介は嫌われてんだよ」

「ええええ!何でだよ!ちゃんと喋ったこともねぇのに!」

 それでも英介が嫌われる、というのも何となく判ってしまう。実際にどうなのかは判らないが、夕衣も莉徒や軽音楽部員のフォローがなければ大嫌いになっていただろうと自信を持って言える。

「あはは、嘘だって」

「ふぅん。でもそうするとIshtarの中じゃフリーなのわたしと莉徒くらいかー」

 できることなら夕衣も彼氏は欲しい、と思う。いや、思えるようになった。少し前までは友達すら要らないと思っていたはずなのに、と夕衣は内心で苦笑した。

「まぁ莉徒は良く判んねぇけどな」

「何で?」

「なぁんかシズとイイ仲なのか、別に遊んでる奴でもいるのか良く判らんけど、しょっちゅうどこそこ遊びに行っただとか言ってるし」

(シズ……くん?)

 こう言っては何だが、あのばかの塊のような男を莉徒が好きになるとは思えない。

(あ、でも……)

 今目の前にもばかの塊がいた。そしてかつて、莉徒とこの夕衣の目の前のばかの塊は付き合っていたこともあるのだ。莉徒の好みとは概してこういったヤンチャ小僧タイプなのかもしれない。

「まぁもてるんだろうしなぁ」

「男っ気ねぇのはカミナユイだけかー」

 奏一と英介が口々に言う。言われつつも、そうそうたるメンバーの中で、夕衣だけが見劣りするなぁ、と皆の顔を思い浮かべた。良い勝負ができるのは、莉徒限定で背の高さと胸の大きさくらいなものだ。厳密に言えば身長では既に敗北しているのだが。

「べっつにいいけどねー」

「ふーん」

 にやにやと英介が夕衣を見る。

「何よ」

「ギターが恋人ですってか」

「それじゃヘンタイじゃないの」

 いくら男と付き合ったことがなくてもそれだけは言ってはいけないような気がする。別に恋人がいる人間が人生の勝ち組だなどとは思わないが、音楽や楽器が恋人だから、と言ってしまうことが絶対的に負け犬だと思ってしまうのは何故だろうか。

「変態じゃねぇのか」

「明日から莉徒に蹴っ飛ばし方習うようにする」

 ぶん、と右足を前に蹴り出す。莉徒は格闘技の経験もあるのだろうか。莉徒のように格好良くはならなかった。

「よ、よせ」

「冗談だけど」

「さて、んじゃ俺ここまでだから、奏一、しっかり送ってやれよ」

「わぁかってるって。じゃあなー英介」

 商店街の中のスタジオEDITIONエディションの前を通り過ぎて英介が言った。英介の家はこのすぐ裏だ。奏一の家はどの辺りなのだろうか。

「おー」

「じゃねー」

 小さく手を振って英介を見送ると、奏一と夕衣は再び歩き出した。


 少しの間無言が続いた。英介のようにデリカシーの欠片もない人間相手の方が話しやすいとはどうしたものか、と夕衣が思い始めたところで奏一が声をかけてきた。

「髪奈さんてベースはやんないの?」

「あー、うん、触ったことある程度で……」

 一応家にも安いエレキベースはある。バンドに参加していた頃は、夕衣が創った曲にとりあえずのベースラインをつける程度のことしかやっていないので、ベーシストらしい弾きというものは夕衣にはできない。

「そっかぁ。なんなら俺も教えてもらおうかと思ったんだけどなぁ」

「流石にベーシストにベース教えるのは無理だなぁ。所詮わたしなんてギター屋のベースでしかないから。……宮野木さんとかに教えてもらえばいいんじゃない?」

 俺も、と奏一は英介を引き合いに出したが、夕衣は英介にギターを教えた訳ではないし、技術云々のことを言った覚えもない。音作りに関しては確かに教えたけれど、それは英介があまりにも酷い音作りをしていたからだ。流石にベーシストにベースを教える知識も経験も夕衣にはない。

「あぁ、俺個人はあんま軽音とか、今日集まった連中とはそんな深い仲でもないんだ」

「そういえば軽音の部室とかも来ないね」

 日頃の行動を思い出しながら夕衣は言った。莉徒や英介、すみれといる時間は確かに多いが、奏一といる時間は殆ど授業中の教室の中だけだ。

「まぁ何が嫌って訳じゃないんだけどさ」

 それはそうだろう、と夕衣も納得する。味方以外が敵ではないように、嫌いではないということがイコール好きということにはならないのだ。

「でも……そうだなぁ、Unsungアンサングの音だったら、秋山君のベース、合ってると思うよ」

「あぁ、バンドサウンド的に俺のベースがどうとかじゃなくて、ベーシスト個人としてなんかこうもっと巧くならんかな、とか」

 その辺りのことは習うよりも、自分で気付かなければいけない部分が大きいと思う。自分が力不足だと痛感すれば練習はする。練習の仕方が判らない、等という言葉は初心者の言葉だ。ある程度弾けるようであれば様々なことを試すしかないのだ。今は様々な練習方法がインターネットで検索できる。夕衣がギターを始めたばかりの頃は、それこそ様々な本を買わなければならなかったが、今では少し検索をすればいくらでも自分に合った練習方法を探すことができる。事実夕衣はそうしてきたし、今でもそうしている。

「自分で練習するしかないよね。オリジナルやっていて、簡単な、っていうか、自分にできることだけやっていても地力は付くと思うけど……」

「そういうのってスキルアップっていう訳じゃないもんなぁ」

 奏一の演奏は下手ではない。だけれど、自信のなさは感じてしまう。その、自信の無さを無くしたい、つまりは、自信をつけたいのだろう。

「自分で練習のレベル上げていかないとダメなのかな、ってわたしは思うけど」

「そっかぁ……」

 神妙に奏一は頷いた。

「やっぱ髪奈さんすげぇなぁ」

「え、す、凄くない……」

 奏一はととん、と二、三歩夕衣の前に出て振り返るとに、と笑顔になった。

「髪奈さんてさ、モテるでしょ」


 xix LET'S DO IT WITH THE MUSIC END

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