xviii Sing my Song

 イベントに参加している出演者は演奏が終了し、清算をすれば解散が許されている、いわゆる流れ解散だった。最後まで残っても良いし、終わったら早々に帰っても良い。夕衣ゆいは一応最後まで残ろうとしたのだが、英介えいすけ達、Unsungアンサングの面々や莉徒りず達が外に出てしまったこともあり、仕方なくそれについて行くことにした。夕衣は自分の荷物を片付け、ライブハウスのスタッフに清算と挨拶を済ませると、ライブハウスから出た。

「お疲れ、夕衣」

「ありがと」

 まず莉徒が声をかけて、皆が口々にお疲れ様、と声をかけてくれた。先に演奏が終わっていた英介達のバンドUnsungも夕衣の演奏が終わるまで待っていてくれたのだ。夕衣は一人一人にお礼を言った。

「一応トリの人の見たかったんだけどなぁ……」

 莉徒にぼそり、と言ってみた。どういう反応をするだろうか。

「え?結花ユンファ?」

「うん」

「まぁ判断すんのは夕衣だけど私は好きじゃないなー」

 やはりそう来るか、と夕衣は思った。個人的に好きじゃなければその人がやる音楽も素直には認められないものだ。物事の割り切りが上手だと思える莉徒でもそういうことはあるのだろう。

「ゴタゴタあったから?」

「ぬ、英介か……。まぁそれはあったにはあったけど、音楽に関しては別。技術はソコソコあると思うけど、ギターは夕衣のが巧い。唄は確かに巧いけど好みで言うなら好きじゃないってだけで、個人的にどうこう言うならまぁ関わらなきゃどってことない人だし」

 終わったことでいつまでもグダグダやってもねぇ、と莉徒は苦笑した。

(なるほど)

 それならば莉徒の言う好きじゃない、という言葉も頷ける。何だかんだと言ってもことが終わってしまえば、それを引きずるような性格ではないだろう。

「音源ある?」

「私はないけど誰か持ってるんじゃないかな」

「そっか。んじゃ誰かに聞いてみる」

「んだね」

 このあたりで有名なアーティストならば、そのうちまたどこかで一緒にやる機会もあるかもしれない。莉徒や英介達がライブをやれば同じイベントに出演するかもしれない。結花の曲を聴くのはその時でも遅くはないだろう。

「さぁて打ち上げだ!皆行くんだろ?」

「おー行く行く!」

 Unsungの誰かが言って、大多数がそれに同意する。夕衣は以前からステージには上がっていたが、知り合いと同じイベントに出るどころか、音楽をやっている知り合いがいなかったせいもあり、そういった打ち上げにはいつも参加できずにいた。どういった感じになるのかは想像もつかないが、やかましいことだけは想像できる。

「どこ?」

「打ち上げつったらあそこしかねーだろー」

「だね」

 確かKool Lipsクールリップスの仲間で、何を担当しているかまでは覚えていなかったが、背の低い男が言い、莉徒がそれに同意した。確かKool Lipsはドラマーが年上で、あとは同い年だと莉徒に聴いたことがあった。

「あそこ?」

「治外法権」

「は?」

 どんな場所か判っている様子の莉徒に、夕衣は訊ねたが、答えを聞いても何が何だか判らない。

「未成年でも安心してお酒呑めるところ」

「え……」

 どんな店だと思ったが、莉徒の人脈やら何やらを考えれば充分ありえそうな話ではある。

「ま、こういう日はロックの神様が呑めっつーんだからしょうがねぇじゃん」

「……わたし別にロックじゃないけど」

 Kool Lipsの男が楽しそうに言う。バンドではロックもやったことはあるが、夕衣自身は自分が創っている曲がロックだとは思ったことがない。

「はぁ、演者が固ぇこと言うなよなー!」

 かくん、と頭を垂れ、びし、と指を指す。忙しい人だなぁ、と思う間もなくいきなり莉徒が奇声を上げた。

「ほあちゃあっ!」

「いでぇっ?」

「今夕衣のどこ見て溜息ついた!」

 莉徒の奇声は男の大腿部を蹴り飛ばす時の気合だった。男は至極当たり前のリアクションをして大腿部を手で押さえた。

「胸です」

 男がそう言った瞬間に思わず胸を隠すような仕草をしてしまった。英介と同じく良くこの手の話で莉徒に蹴り飛ばされているのかもしれない。

「正直でよろしい。あ、こいつがKool Lipsで私とツートップのフロントやってるシズ。ヨロシクね」

「う、うん……」

 ニックネームを聞いて思い出した。確か静河しずがと言ったはずだ。話には聞いていたし、ライブビデオでも確かにギターボーカルだった人物だが、会うのは今日が初めてだったはずだ。

「何?後輩?つーか中坊?タメ?」

「た、ため……」

 明らかに同い年であることが選択肢の一番最後だ。絶対同い年には見られていないのだろう。

「ええっ!マジかよ!オレァてっきり中坊かと……」

「おーシズ、てめえ俺の夕衣ちゃんにちょっかい出すんじゃねぇよ!」

 また英介が悪ふざけをする。莉徒と英介だけの時ならば大声を上げたりして反論もできたが、あまり知らない仲の人が大勢いる中では中々そういうことも言い出せない。莉徒や英介は夕衣と波長が合うので、自然に振舞えるが、基本的にはやはり人付き合いは得意ではないのだ。

「えー!エースケと付き合ってんのかよ!こいつアホだからやめた方がいいぜ!」

「つ、付き合って、ない……」

 シズにそう言ったがきっと聞こえていない。こういう状況を一番恐れていたが、この勢いならば誰もが冗談として扱ってくれはしないだろうか。

「何ー!てんめえいつの間に俺達のアイドルを!」

 誰かがそんなことを言う。俺達のアイドルだなどと、とんでもない語弊だ。

「つーかてめえにアホとか言われたかねんだよ!」

「つきあってない……」

 一応抵抗してみる。

「っつーかあんたらのアイドルって私じゃなかったの!」

「ばーか!アイドルっつのはもっとドーン!キュッ!バーン!なもんだろーがよー!」

 ターゲットを英介から莉徒に変えシズが喚く。

「だ、だから……」

 駄目だ。

「えぇっ!うっそでしょ!」

「ちょっと夕衣ちゃんいつの間に!」

「私というものがありながらぁ!」

「きいて……」

 もはや抵抗は無意味だった。


 打ち上げ会場はなんと涼子の店だった。常連客のライブがある時などは時折こういうことになるらしい。何だか涼子が全責任を負うから、という条約が関係各所と成り立っているだとか、実は警察と裏取引をしていて、その見返りで見逃してもらっているだとか、政府の裏の仕事をこなしているので超法規的処置が取られるのだとか、どれもこれも胡散臭い噂ばかりで、ともかく『大丈夫』なのだそうだ。涼子を疑う訳ではないが、そのまゆつばものの情報は聊か信じがたい。その代わり、最後には必ず涼子の酔い覚ましのコーヒーを飲むことが条件になるらしい。そのコーヒーを飲んで、一息ついてから解散となる。電車できていた者は慌てて出て行ったが、それでも結構な人数が残った。Kool Lipsのメンバー、シャガロックのメンバー、それにすみれ、公子こうこ英里えり、英介、奏一そういち。それだけで十二人、夕衣を含め十三人だ。

「さてー、あたしらもそろそろ帰ろっか」

「あー、英里、ちょっと待って」

 英里がとん、とコーヒーカップを置いて言ったところで莉徒がそれを制止する。

「ん?」

「ちょっとまだ誰も触れてないと思うけど、夕衣」

「うん……」

 考えるまでもなくIshtar Featherイシュターフェザーのことだろう。

「あの最後の曲、あれはどういうこと?」

 あぁ、そう言えば。

 そうだそうだ。

 とぽんと手を叩く者、それぞれがやはり思い当たっていたようだった。今日ではないにしてもいつかは訊かれるだろうと思っていたことだ。ライブハウスを出た辺りではみんなが盛り上がりすぎてそのことを忘れていたので、夕衣としてはそれでも良かったのだが。

「あれは……」

 この仲間になら言っても良いだろうか。本当のことを打ち明けても大丈夫だろうか。

(……信じて貰える訳ない)

「あれ、昨日莉徒から聞かされる前から実は結構聴いてて……。知ってるの私くらいかなぁと思っ」

「そんなのどうでもいい」

 夕衣の、必死の言い訳を莉徒はあまりにも簡単に遮った。

「私が聴きたいのはそういうことじゃないって判るでしょ、夕衣なら」

「……」

(そうだ……)

 ステージに上がる前、夕衣自身が莉徒に言ったのだ。

(だから、わたしの唄、聴いてて)

 全員が夕衣に注目している。

「し、信じて、もらえなくても、いいんだけど……」

 俯いて夕衣は言う。

「あの曲はIshtar Featherっていう、わたしの曲で……」

「夕衣の曲?」

「そ、でも黙って」

 英介が疑問を口にしたが、それを莉徒が制した。

「……」

「で、でも、みんなには、あれは……ディーヴァのコピーにしか、聴こえない、よね……」

 何から、どう説明して良いのかが判らない。莉徒の狙いは判っているけれど、それをどう証明すれば良いのかが判らない。

「やっぱそうだよなー」

 シャガロックのドラマー、とおるが言った。

「でも夕衣ちゃんの曲って?」

「あんたらオリジナルがあるって噂、聞いたことある?」

 すみれの言葉の後に莉徒が続けた。

「あるけど、それがあるとかないとか、聴いたことあるとか持ってるとか、なんか噂がバラバラじゃん。多分俺らが知ってるのって普通にディーヴァのやつだろ?」

「だね。じゃこれ……」

 英介の言葉に頷いて、莉徒はポケットから一枚のミニディスクを取り出した。それをカウンター席の端においてあるミニコンポに飲み込ませる。リハーサルをしていた時に莉徒が持ってきた音源だろう。もしも昨日夕衣がネットで調べた、一番出回っているディーヴァの音源ではない物であれば、それは夕衣が唄った物である可能性は高い。その声が夕衣の声に似ているからこそ、莉徒は驚いたのだろうし、こうして皆に聞かせようと思っているのだろう。

 この界隈で噂になっているディーヴァのGoddesses Wingガッデセスウィングではなく、夕衣のIshtar Featherが本物であることを莉徒自身が納得するために。

「……」

「!」

 この出だしは間違いなく夕衣のギターだ。まだそれほど技術も上達していない、つたない弾き方。間違えている訳ではないけれど、自分で聞くとつい苦笑してしまう。

 最初のコードから唄い出しまでの間、しばらく皆の無言が続いた。そして唄い出しから流れてきた声は当然の如く夕衣のものだった。


 曲が終わるまで夕衣は俯いていた。どんな顔をしたら良いのか判らなかった。どんな気持ちで皆この曲を聴いているのだろう。この音源が今出回っているディーヴァのGoddesses Wingより先にできたものだとは誰も証明できないのに。

 曲が終わり、莉徒がプレイヤーを止める。みんな無言のままだった。

「まぁそんな訳で、これが所謂オリジの音源って言われてるファイル。……これは夕衣でしょ」

「……」

 一度だけ頷く。誰かが盗作したんじゃないのか、という目で夕衣を見てやしないか、やはり視線は上げられない。

「いつ頃創ったの?」

 公子の声がする。

「わたしが中三の時だから……」

「三年前、か」

「三年前にはディーヴァの音源は出回ってなかった。多分どこ調べてもそれは書いてあると思う」

 夕衣の言葉を擁護するように莉徒は言った。

(そっか……)

 莉徒が判ってくれていればそれで良い、と思ったのだ。莉徒はIshtar Feather、そして夕衣こそがオリジナルのディーヴァだと思ってくれている。どんな経緯でこのデータが流出したのかはもう判らないけれど、これだけ出回ってしまっているのだ。誰が、何を、どう感じるかは夕衣には決められない。

「まぁぶっちゃけ私はこれで、世に出回ってるディーヴァが偽者だ、なんて言う気はないわ。オリジの音源がたまたま手に入って、それが夕衣の物だったって判ればそれでいい」

 夕衣が考えていることと同じことを莉徒は言って笑った。今この場でインターネット上で夕衣が本物の、オリジナルのディーヴァだと主張したところで、全員に納得はされないだろうし、納得させて夕衣が満足する訳でもないのだ。

「でも考えてみたら髪奈かみなさんてすごいってことよね……」

「確かにな……」

 シャガロックのベーシストである二十谺はつかが言い、ギターボーカルの晃一郎こういちろうが頷く。複雑な心境だ。夕衣はこの曲を有名にしようと努力した訳ではない。いつの間にかインターネット上に出回って、それを誰かがリメイクして、それが口コミで有名になってしまったというだけのことだ。

「本物のディーヴァってことだもんなぁ」

「あ、あの、でもそういうのあんまり関係ないし……」

 奏一が言ったが、夕衣は自分からディーヴァを名乗った訳ではないし、これからも名乗るつもりはない。Ishter FeatherがGoddesses Wingのオリジナルだったからといっても、それが凄いだとか凄くないだとか、今の夕衣には全く関係のない話だ。

「ま、そういうことね。この話を知ってるのは私達だけ。くれぐれも変な書き込みとかしたり、触れ回ったりしないように」

 夕衣が懸念していることまでも莉徒は言った。それで充分だ、と夕衣は思った。そこまで思ってくれているのであればもう、Ishtar Featherに対しての妙な拘りはない。誰よりも莉徒が、夕衣が大切にしている曲をきちんと理解してくれているのだから。

「変な書き込み?」

「オリジナルのディーヴァが俺の友達なんだぜ、とかそういうことだろ」

「そ。まぁ夕衣が二代目のディーヴァに、これは私の曲だ!とか私がオリジナルのディーヴァだ!って主張したいんなら話は別だけど」

 そんな気は毛頭もない。

 事情を知らない者から見れば、Ishtar Featherは夕衣がただ単にディーヴァをコピーしただけのものだと思うだろう。それはそれで構わなかった。だからあの場で歌うことを決意したのだ。

「昨日莉徒に聴かされた時は正直寒気がしたけど、でもわたしの主張とかそういうのはもう気にしないよ。ここにいる皆がそれを判ってくれるだけで充分だもん」

 あの曲がもしも誰かに盗まれたのだとしたら、それはやはり我慢できないことだが、ミサに声の似たディーヴァも名乗り出ている訳ではない。ミサだという確証もない。

「何かちょっと変わったなぁ、オマエ」

「え?」

 英介が突然そんなことを言うので、つい変な声を出してしまった。

「最初の頃はちょっとトゲあったっつーか」

「あー、判る、あたしもちょっとそう思ってた!」

 英介の言葉に真っ先に英里が同意した。

「私なんてあからさまに近寄るなビーム出されてたからねー」

「だ、出してないよ!」

 莉徒の言葉に反論してはみたものの、少しは出してたな、と心の中だけで呟く。出会ったばかりの頃は莉徒とは狎れ合わないように、と距離を置くように心掛けていた。それは莉徒だけではなく、クラスメートや英介、すみれに対しても同じだ。その時の気持ちが短慮だとは思わないが、きっと間違った選択だったのだろうと思える。

「じゃ、丸くなったのも英介のおかげ?」

「え?何がですか……?」

 公子にはそんな態度は取っていなかったとは思うが、公子もどこかで夕衣の人を拒絶するような態度を感じていたのかもしれない。いや、それよりも英介のおかげというのが良く判らない。

「さっき付き合ってるって」

「ち、ちがいます!あれは樋村が勝手に言ってるだけで!」

「おー夕衣ちゃんそれは手厳しいじゃねぇか!」

 まさか真に受けていたとは思わなかった。ここで真実を明らかにしておかなければならない。ムキになるのもおかしな話ではあると判っていながらも夕衣は抵抗した。

「なんだーあれガセかよ。まぁさっきも言ったけど、こいつアホだからやめといた方がいいぜ!」

 シズがそう言ってケラケラ笑う。だからてめえが俺にアホって言うんじゃねぇよ、と英介がムキになって言ったが、どっちもどっちのような気がするのは夕衣だけではないだろう。

「でもま、昨日は仲良く二人きりでスタジオに入ってたみたいだけどねぇ」

「ちょっと莉徒!」

 またいらぬ誤解を招くようなことを莉徒が口走る。

「樋村英介ともあろう男が私を差し置」

「るっせーなー!いいだろ別に!音創んの手伝ってもらってただけだっつーの!」

 莉徒の言葉を遮って英介が大声を上げた。

(え?)

 やはり英介は莉徒に声をかける前に夕衣に電話をしてきたのだ。奏一に言ったこととは異なっている。

「あぁー、だから今日の英介の音、キレイだったんだ。おかしいと思った」

「英里、それは失礼を通り越して無礼だぜ」

 英里の言葉に思わず夕衣は吹いてしまった。やはり今までの英介の音作りは乱雑だったらしい。技術はきちんとあるのだから、もう少し自分の音に気を使わなければ駄目だと夕衣も思う。

「えへへ、よせやぁい」

「褒めてねぇよ」

 どういう訳か頭をかきつつ英里は笑顔になる。

「ま、ともかく、色々スッキリしたとこで!」

 シャガロックのドラマー、亨がぱん、と手を叩きながら言った。

「帰るか!」

「まだだー!」

 それに同意したシズを制して莉徒が更に大きな声を上げた。

「あ?まだなんかあんのかよ」

「そう、重大発表がね!」

 腰に手を当てて、胸を張りつつ莉徒が言う。何だか偉そうだが、突き出した胸はやはり夕衣といい勝負なのだなぁ、と、つい夕衣は自分の胸元に手を当てていた。


 xviii Sing my Song END

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