x unchained

 バンドの演奏が終わり、次は英介えいすけ達の出番になる。その前に英介が先に演奏を終えたバンドの方へと近付いて行こうとしたが、その途中に腕を掴まれ一緒にそのバンドの前まで夕衣ゆいは連れて行かれた。

「え、な、何?」

「とりあえず向こうの連中に挨拶。ジョーシキだろ」

「あ、う、うん」

 無礼千万の代名詞のような英介にそんなことを言われるとは夢にも思わなかったが、確かに英介の言う通りだと思ったので夕衣はおとなしく英介について行った。

「あのさ西にしさん、悪いんだけど俺らの後、こいつ時間もらっていいか?連れなんだけど」

 またしても頭に手を置かれる。が、流石にムキになって振り払うのは気が引けたのでとりあえずはそのまま我慢する。

「あぁ、英介の知り合い?別にいいよ」

「お、さんきゅ」

「ありがとうございます」

 夕衣は頭を下げて、そのバンドのリーダーらしき人物にお礼を述べた。

「誰の場所じゃねーだろ、つったの英介だろ」

 きっと悪態丸出しで言って、喧嘩になったに違いない。夕衣はそう決め付けた。

「いや今日は俺らだけじゃん」

 苦笑する英介を見れば、夕衣の決め付けが事実であることが判る。良くこんなに判りやすい性格で女たらしなどが勤まるものだな、と思ってしまう。いや、それとも判りやすいからなのだろうか。

「演奏回数は減るかもしれないけどさ、それよりここでやる仲間が増える方がいいじゃんね。よろしくね」

「あ、はい、ども……」

 もしかしたら夕衣達よりも年上なのかもしれない。英介よりも確実に落ち着いているし、英介の口調や態度の悪さも全て認めているような感じがする。

「なん?おめー、俺ん時と随分態度違ぇじゃねぇかよ」

「初対面でいきなり人のことてめえ、なんて呼ぶ人とは違うのは当たり前だと思うけど……」

 夕衣の頭の上に置きっぱなしの手を払って、夕衣は英介の顔を見上げた。

「くっ……」

「あっはっは、相変わらずか英介。俺らはMorphoモルフォってバンド名、俺は西田にしだっていうんだ、よろしく」

「あ、髪奈かみな夕衣です、こちらこそ」

 名乗り、バンドのリーダーらしき男、西田は手を差し伸べてきた。夕衣はその手を握り、ぺこり、と頭を下げる。莉徒りず公子こうこの時と違い、上手く挨拶ができた、と内心胸を撫で下ろす。

「んじゃ先俺らやっから、そん次こいつな」

「おっけ、楽しみにしてるよ」

 上着を羽織って西田は言った。

「どっちを」

「もちろん髪奈ちゃん」

 ぴ、と親指を立てて西田が笑う。ここにはこういった和やかな空気があるのだな、と思うと夕衣も少し嬉しくなった。

「だろうよ!」

 い、と西田に顔を向けて、ひらひらと手を振りながら自分達の場所に戻って行く。夕衣もそれについて行こうと振り返ると、声をかけられた。

「あ、髪奈さん、いたいた」

「あ、水野みずのさん、公子さん」

 すみれと公子だ。莉徒が見当たらない代わりに、夕衣が見たことのない同世代の女性が並んでいる。ふわふわと緩くウェーブがかった髪の、可愛らしい雰囲気を持っている女性だった。

「これ、こないだ言ってた英里えり

槙野まきの英里です、よろしくね」

 とん、と公子が肩に手を置いて、その女性を紹介した。

「髪奈です」

 昨日話していたすみれと公子の共通の友人、槙野英里。明るめの髪色のウェーブが風に揺れている。小柄で可愛らしい印象だ。ともすれば年下に見えるかもしれない。といっても体躯自体は夕衣の方が小柄ではある。夕衣の場合は小柄で可愛らしいのではなく、ただ単純に小さいのだ。見た目も確実に夕衣の方が年下に見られるだろう。

「何?先に英介達?」

「おー、そん次がカミナユイ」

 英里が英介に声をかける。英介はセッティングをしながら英里にそう答えた。

「なぁんだ、じゃあもうちょっとゆっくり来れば良かったね」

「おう英里、久しぶりなのに相変わらずジョーダンきついぜ」

 英里と英介の何気ない会話でふと気付く。今までの英介の周囲には、英介の口の悪さに押されて腹を立てたり、黙り込んだりするという女性がいない。夕衣が最初のいざこざで英介の勢いに押されたせいで、最初だけは英介も勢いがあったのだろう。あの時は初対面であったのだから当たり前の反応であるはずなのだが、英介の周りにいる女性はみんな同年代だというのにどこか自分とは違うのかもしれない。そして夕衣が段々と英介とのやり取りに慣れてきたと感じたのも、英介の口の悪さや態度の悪さで夕衣が全く動じなくなったからなのかもしれない。

「うはは、そうでもないよ」

「褒めてねーぞ」

「あれ、莉徒は?」

 英介のバンドのベースを肩に下げている男が言った。今まで全く気付かなかったが、隣の席の秋山奏一あきやまそういちだった。そういえば英介と初めて会った時にそんなことを聞いたような気がしたこともすっかり忘れてしまっていた。それほどまでに、夕衣と樋村英介との出会いは強烈だったのだ。その奏一の問いに答えたのはすみれだった。

「リハ終わったらすぐくるって」

 莉徒が遅れていることには何の抵抗も感じなかったが、夕衣にとっては全てが莉徒を通じて知り合った仲だ。そこで、あぁ、と思い至った。こういうことが良くあって、公子とすみれや英里と英介などが、莉徒がいない間に各々が交流を深めていったのだろう。

「莉徒ってバンド掛け持ってるの?」

 一つのバンドをやっているだけにしてはやたらと練習に入っているような気がする。

「今は二つかな。軽音に出入りしてる宮野木二十谺みやのぎはつかって背の高いの、いたでしょ」

「うん」

 すみれが説明してくれる。宮野木二十谺、夕衣とは正反対ですらりと背の高い眼鏡美人の顔をすぐに思い浮かべる。

「あの子のバンド、もともとスリーピースなんだけど、莉徒と、莉徒がメインでやってるバンドのギターが入って五人でやることもあるのよ」

「なるほどね」

 スリーピースということはあの軽音楽部室で会った男二人が残りのメンバーなのだろう。男二人とベースの女という組み合わせは全くない訳ではないが中々珍しい。もしもライブがあるのならば、そのバンドのライブも是非行ってみたいと夕衣は思った。そして莉徒と一緒にやってみたいと思ったのは夕衣だけではないことも判った。莉徒はそういった何かを持っているのだろう。

「あ、始まるみたい」

 振り返ると、英介は黒いレスポールスタンダードを肩にかけていた。

(ストラトなイメージあったけど……へぇ)

 ボーカル、ギター、ベース、ドラムの四人編成だ。四人編成のバンドではオーソドックスなスタイルだが、ギタリストが一人の場合は音に厚みが出ないことが多い。それ故に四人でやるバンドでもギターボーカルなどが多かったりもするのだが、あえてこのスタイルを取るということは、英介のギターには期待ができそうだった。ボーカルもドラムも恐らく同年代だろう。このバンドがどれほどのものなのか、純粋に興味が沸いてきた。

「カミナユイ、ガン見すんな。顔怖ぇぞ」

「ヒムラエースケノギターガドンナモンダカミテヤロウジャナイ」

「棒読みも怖ぇよ。ま、聞いとけよ」

 へ、と笑ってメンバーの方を見る。ドラムとボーカルが頷いて演奏が始まった。


(んー……)

 決して下手ではない。そして、英介のギターは言うほどあって、巧い。その英介の音がバンド全体を引っ張っている感じだった。英介の音だけが先行してしまっている感じは否めない。ドラムやボーカルの技術自体は及第点だとは思うが、ギターがバンドを引っ張っていくというスタイルでは技術ではなく基本的な部分で良い音楽にはならなくなってくる。

(足元は……オーバードライブにディストーション、イコライザーとフェイザー、かなあれ)

「よっ!」

 ぽんと肩を叩かれた。

「莉徒」

 練習を終えた莉徒がようやく合流してきた。見回すと、軽音楽部の部室で会った風野晃一郎かざのこういちろう相田亨あいだとおる、宮野木二十谺もいた。後二人、どことなく二十谺に似た女性と、同世代の男が一人いるが、夕衣は初対面のはずだった。

「夕衣はもう終わっちゃった?」

「まだこれから」

 大きな音の中、莉徒は夕衣に耳を寄せてそう言った。夕衣は手振りを交えて、莉徒に聞こえるような声でそう言った。

「そ、良かった。それにしても相変わらず」

 英介を指差して、莉徒は笑う。

「相変わらずって?」

「英介の走りっぷりが。だいたいあのアンプであの足元はないわよ」

「……」

 やはり、と夕衣は思う。足元の装備と演奏が走ってしまうことには因果関係はまるでない。しかしそれを差し置いてもギターの音が強烈すぎるのだ。だから英介が走り気味の演奏をすれば、バンドがそれに引っ張られてしまう。

「あいつね、基本ディストーションなんだけどあのオーバードライブでブーストかけてんのよ」

「やるなら普通逆、かな」

「そ、だから、何鳴ってるか判りにくいの」

 激しい曲調を演奏する場合であれば、頷けるが英介の現在のセッティングはスタジオの大型のアンプを通してそれなりの音が鳴るセッティングだ。このままのセッティングでは今使っている安物のアンプでまともな音が鳴るはずもない。

「あいつ結構機械オンチだからねー」

「そうなんだ」

 そんな話をしている間に曲が終わる。

「英介ヒズミ強すぎー」

「お、マジで?これでも結構抑えたんだけどなー」

 曲が終わり、すかさず莉徒が英介に言った。

「ブースター要らないんじゃない?」

「ん……」

 オーバードライブのエフェクターを踏み込んでスイッチを切る。それを確認してから英介はギターを鳴らした。

「おーおー、ほんとだ、良くなった」

「このアンプで鳴らすなら、ソロん時だけ、うす~くかけときゃいいのよ。ちったぁ学習しなさいよねぇー」

「あーあー、すんませんねー」

 莉徒の声に英介は苦笑を返す。

「……」

(こもってるなぁー)

樋村ひむら、アンプ見せて」

 夕衣が英介の使用するアンプに近付いた。エレキギターの音を歪ませるエフェクターはディストーションとオーバードライブの二つが代表的ではあるが、ディストーションはオーバードライブよりも音の抜け方がはっきりとはしない。リードギターであれば音のエッジが立つオーバードライブの方が向いている。ただ、こればかりは本人の好みなので、今現在のセッティングでどうにか音をいじらなければならない。

「お?」

「どんな音にしたいのかが良く判んないけど……」

 高音域を少し下げ、中音域を上げる。こもっている音の抜けを良くする為には高音域を上げれば音がとんがり、こもりにくいと思われがちだが、高音域をあげると、今度は高音域ばかりが目立ち、歪み系エフェクターの一番ノイジーな部分を増幅させてしまうことになる。ギターの音が一番判りやすく出ている中音域を上げることでギターの音をはっきりとさせた方が音抜けは良くなる。

「お?お?」

「多分樋村ってドンシャリ好きなんだろうけど、ミドル上げた方が抜けいいよ」

 ドンシャリとは俗称で、グラフィックイコライザーなどで低音域と高音域を上げた音色のことだ。強い低音で存在感を創りつつも、これまた強い高音でエッジを効かせる。レコーディングなどでは使える音色だが、実際にライブなどで使用する際には、低音と高音を上げるよりも中音域を挙げた方が、音がはっきりとする。

「おー、確かにいいな」

 バンドメンバーにも色々と思うところがあるのだろうが、ギタリストの音作りに口出しをするのは中々難しい。恐らくこのセッティングであれば、普段はアンプで歪ませることをしないのだろう。今現在使っているアンプのディストーションのボリュームはかなり抑えてある。バンドメンバーの中にギターに精通している者や、バンド全体の音を気にしている者がいるのであれば、色々と変わってくるのだろうが、このバンドの音は英介の音が先行しているタイプだ。英介の音が鳴っていればそれでいい、と思ってしまうのも無理はなかった。

「他に何かねぇか?」

「秋山君の音が小さいかな」

 奏一の足元を見ると、奏一はグラフィックイコライザーのほかには何も使っていない。基本的には生音派なのだろう。

「え、俺?」

「うん。樋村の音が結構強いから、ベースもそれなりにしないとバランス悪いと思う」

「なるほど」

 転入初日、奏一が握手を求めてきた時に、楽器をやっている手だということは判ったのだが、それなりに練習もしているのだろうと思った。今聞いただけでは奏一の技術のほどは判らなかったが、どことなく自分の演奏に自信が持てなくて音を小さくしているようなイメージもあった。

「楽曲にも依るとは思うんだけど、全体的にバンドの音はもう少し大きくてもいいと思うな」

「そうねー、英介の音を強調する部分はそれこそ歌が入らないリフとソロだけブーストすればいいと思う」

 夕衣に続いて莉徒も口を開いた。莉徒も以前から聞いている分、その辺りのことは判っていたのだろう。

「ふむ、んじゃそいつを踏まえてもう一発いくかー」

「おっけー」

 ドラマーがスティックでカウントを入れ始めた。


 x unchained END

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