第3話 スケベ心が招いた悲劇

 刑事に「お前以外に犯人は考えられない」と言われ、俺は自分でもよく分からなくなっていた。


「仮にお前が犯人として、一つ分からないことがあるんだが、なぜお前はわざわざ被害者に財布を届けたんだ? 中身だけ抜いて財布をどこかに捨ててれば、ここまで疑われることはなかったんだぞ」


「俺も、もし自分が犯人ならそうすると彼女に言いましたよ。そしたら、『それも自分が犯人と思われないようにするための演技なんでしょ?』と返され、そのまま警察に連絡されたんです」


「なるほどな。もし被害者の言ってることが事実なら、お前はとんでもない知能犯ということになるな」


「知能犯?」


「ああ。犯人が自ら疑われるようなことをするわけがないという人間の心理を巧みに利用した、知能的な犯罪ということだ」


「でも、結果的にはこうして疑われているわけだから、そんなのまったく意味がないじゃないですか」


「まあ、お前はうまくやったつもりだったんだろうが、相手が一枚上だったということさ。ここまで来たら、もう言い逃れはできないぞ。さっさと吐いて楽になっちゃえよ」


──ここで吐いたら、この場は楽になるかもしれないが、その後犯罪者のレッテルを貼られ、肩身の狭い思いをしながら生きていかなければいけなくなる。

 そんなのは絶対嫌だ!


「とにかく俺はやってないんですよ! 彼女が何の目的で嘘を言ってるのか分かりませんが、やってないものはやってないんです!」


 あくまでも無罪を強調する俺と、それを断固認めない刑事の応酬はその後延々と続いた。


 翌日、昨日とまったく同じことを訊いてくる刑事に、いい加減うんざりしていると、突然ある男性が部屋に入ってきて、刑事の耳元で何やら囁いた。

 やがてその男性が部屋から出ていくと、刑事は「お前の疑いは晴れた。もう帰っていいぞ」と、苦虫を嚙み潰したような顔で言った。


「どういう事ですか?」


「さっき被害者が、自分は嘘をついていたと自供した。彼女、消費者金融に借金をしててな。その返済に困っていたところに、たまたまお前が財布を届けて、その後にお前から金をだまし取ることを思い付いたそうだ。しかし、中々自分の思うようにいかないことで半ばヤケになり、金をだまし取ることはそっちのけで、警察に連絡したんだとよ」


 俺は刑事の説明を聞いてホッとすると同時に、女性への怒りが一気に込み上げてきた。


「あの女、恩人に対して、何てことするんだ!」


「まあ、そう言うな。彼女も切羽詰まってたんだよ。それより、お前二回目に彼女の部屋を訪れた時、やけにニヤついた顔をしてたそうだな。何か下心でもあったんじゃないか?」


「……まあ、無かったと言えば嘘になりますね」


「そういうスケベ心が彼女に悪い考えを起こさせたんだ。今回の件は、お前にも原因があるんだよ」


「なんですかそれは! 俺はただ財布を拾って届けただけじゃないですか!」


「お前、免許証の写真を見て自分の好みだったから、わざわざ部屋まで届けに行ったんだろ? そうじゃなかったら、警察に届けるはずだからな」


「…………」


 刑事の鋭い指摘に、俺は何も言い返すことができなかった。

 落とし主が男性、若しくは自分の好みの女性でなかったら、彼の言うように俺は間違いなく警察に届けていた。

 もし、そうしていたら、こんなトラブルに巻き込まれることもなかっただろう。


「これに懲りて、今度から財布を拾った時は、すぐに警察に届けろよ」


 刑事の尤もな言葉に心では納得しつつも、俺は素直に頷くことができず、「今度から財布が落ちてるのを見つけても、絶対拾いません!」と、ささやかな抵抗をすることで、ちっぽけなプライドを守ろうとしていた。



  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

財布を拾っただけなのに 丸子稔 @kyuukomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ