めらんこりゐ

オトコの口唇に移った朱を見る。自身が粧したときのそれより薄いのを見て、指の先でなぞってみる。黒と赤と、金のパーツで飾られた、ほんの少し有機溶剤の香りのするつま先よりも、オトコの口唇から少しズレた朱が、酷く網膜を焦がした。

「どうしたの」

昂っているオトコはチョット上擦った声を出す。いつもみたく低い声で囁いてくれればよいのに、どいつもこいつも女心を分かってない。媚びるようなそれに、視線をズラして、何でもナイよと言った。キモ。ここにいる人間が全員キモイことに気づいて、日本の未来を憂いた。

オトコに撓垂れ掛かる。そう、もっとあたしに夢中になって。あたしはお前なんかに夢中にならないケド。

女の口唇はシャネルの446。オトコはそれより薄い朱。

自分に似合う強い赤。着飾って、隠して、強い女で在りたかった。誰にも負けない。誰にも靡かない。誰にも寄りかからない。

初めて粧した日から、女は強い女になりたかった。初めてつけたリップはドンキで売ってたらしい薄いピンク。同じ幼稚園のガキ大将どころか、気の強い女の子に泣かされるような、近所のお姉さんに隠れてメソメソするような弱っちいこどもだった。お姉さんはふわふわして可愛かった。それでいて強かった。気がする。

泣いてるガキを鏡の前に連れて行って、小さい化粧ポーチからドンキの安いリップを取り出して、リップの表面を薬指でなぞって、それからガキのちっちゃくて手入れもしてない口唇に塗ってくれた。ホラ、あんた最強にカワイイよ。そう言っていた。鏡を覗き込んで、そこにいたガキには、正直、甘いピンクは似合っていなかった。


オトコが女の口唇を拭った。クソ野郎。微笑んでやって、首裏に手をやった。お前、あたしに縊り殺されても知らないかんね。

ふわふわして、可愛くて、強いお姉さんに憧れた。今のあたしは、ふわふわはしてないし、可愛いより綺麗系だし、正直メンタルクソ弱いけど、まぁまぁイイ線いってるでしょ。でもひとつだけ言わせてね。


あのリップ、そのまま使ってくれれば良かったのに。

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