第4話 「じゃあ、さっさとガブっとやっちまいな」
「じゃあ、さっさとガブっとやっちまいな」
「ええ!?」
おばあさまの提案に、ジャックが飛び上がって驚いた。
「そうね!」
「ええ!?」
私は胸元の紐をほどくと首から肩までを露わにする。
「リリィ!?」
わたわたと慌てるのは雄一匹のみ。
人狼と人との異種族婚姻は「明確な意志をもって相手に複数回、噛みつくこと」と言われている。
普通は数回、数週間掛けて人から人狼に変化していくらしい。
「いつかはやるんだから一回目は今でも良いじゃない」
「それはそうだけど…」
そんなに驚くこと?
ハンターは即断即決、仕留めと決めたら逃がさないってさっきから言っているのに。
ジャックは真っ赤になってもじもじしたり、おろおろしている。
「さ、ガブっとやっちゃって」
「でも、こんなに細い首なのにっ!?」
なんであんたが泣きそうになってんのよ。痛いのは私の方でしょうに。
ジャックは私の首を支えるように手を伸ばしては、悲壮な顔をして震えている。さすが一年間ぐずぐずしてただけあるなぁ。
でもやっぱり優しい子。
そういうところは子犬の頃から変わってない。
(おばあさまの気が変わらない内に早く)
ジャックにだけ聞こえるように小さな声でささやくと灰色の耳がピクリと跳ねた。
「うん…じゃあ、ごめんね」
その一言で覚悟を決めたのか、おもむろに肌に牙を立てると…。
がぶり。
そうそう、一気に…!!
「っ痛ーーーー!!!」
「ギャン!!」
バチコーン! という暴力の音と同時に響き渡る悲鳴。
想像以上の痛さに思わず私はジャックの顎を肩でカチ上げ、そのまま頬を張った。
張り飛ばされたジャックがごろごろと床を転がっていく。
ごめんねジャック! 思わず手が出た!!
だって思ったより痛かったんだもん!
「あれ?」
張り飛ばしたはずの手に、見慣れぬ鋭い爪。
おっとなにこれリアルアイアンクロー?
「え、嘘…早すぎる」
土間に尻もちをつき、張られた頬を押さえながらジャックは呆然と私を見た。
ふわふわ、ふわふわ。
視界の端に現れる白いしっぽ。
トレードマークの赤ずきんを跳ねのけて大きくて真っ白な三角な耳。
鏡を探してのぞき込むと、そこには可愛らしい人狼の雌がいた。
「え! かわいい!」
「うん、とてもかわいいよ…」
「さすが私の孫」
困惑する雄と、満足そうな顔の雌たち。
通常一週間は掛けて行われる人狼の婚姻が一瞬で成立した。
「痛た…」
「あ!ごめん!」
興奮が覚めると途端に肩の傷が痛みだした。
「ごめんね、リリィ」
そう言ってジャックが私の傷口を舐める。
くすぐったい。
衛生的にどうなのって思うけれど、きっとこれが人狼流の作法なんだろう。
「三日三晩はって思ってたけど、なんだい早かったね」
そう言っておばあさまは笑った。
私、これで完全に『人狼』になりました!
必要だったのは本当に本当に、たった最後の一押しだけだったの。
「あんたは覚えてないかもしれないけれど、子犬の時に何回か私の事咬んだことあったんだからね」
「えええ、そうだった?? ごめん! リリィ!!」
ジャックは自分の意思では無かったのかもしれないけれど、人狼の花嫁になるのに十分な下地は残していたのだ。
私の視力が抜群にいいのもそのせい。
中途半端に人狼の能力が備わっていたけれど、嗅覚とかは発達してなかったのでジャック=クロだとは確信が持てなかったのだ。
でもハンターとしてはとっても役に立ったけど。
「いいのいいの、でもこれでジャックとお揃いね」
そう言って私はふわふわな手触りの大好きなわんこの首に腕を回して抱きしめた。
大きく息を吸えば、ぽかぽかした日向のニオイに混ざって甘い甘い恋のニオイがする。
人狼になってから初めて分かったんだけど、嗅覚から感じる『情報』がとにかく凄い。
「…ジャックったら私の事、こんなに好きだったのね」
「うん! それはもう!」
【言葉でなんて言い表せないくらいに大好き】
本当、くらくらするくらいに甘い。
ついさっき人生を決意した私の恋心なんかより何倍も何百倍も強い気持ち。
人狼はこんな風にニオイで気持ちを伝えあうのかしら。
ジャックは口下手なのかな、って思ってたけどニオイで雄弁に語ってくれる。
【世界で一番リリィが好き。一生大事にする】
私も人狼の能力の発動が視角じゃなくて嗅覚が目覚めていたら、すぐに分かったのにね。
「私もジャックの事が大好き」
こんなにたくさん私の事を好きでいてくれてありがとう。
大丈夫。
私、絶対しあわせになる。
めでたしめでたし。
凄腕ハンター赤ずきんは奥手なstalkingオオカミ(人狼)から襲われたい 柴犬丸 @sibairo
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