第2話 リリィとジャック
「そこの灰色狼!!! 鉛玉ぶっ放されたくなければ今すぐここへ来て名乗りを上げろ!!」
私は高台の岩場から、向かいの山肌でうろうろしていた例の人狼にライフルで狙いをつけて大声で恫喝した。
私の声に驚いた小鳥たちが一斉に飛び立ち、語尾が山々にこだまする。
人狼は驚いて瞬時に森の茂みに消えた。
…聞こえたかな。
向こうは人狼だもの。
内容は聞き取れただろうし、これくらいの距離なんて走ればすぐだろう。
ぶっちゃけ距離がありすぎて全然銃の射程では無いんだけれど、さっきのアレはただの脅しだ。
さて来るか、来ないか。
来なかったら私たちの関係はこれでおしまい。来たら続きを考えよう。
****
「あの…さっきの…」
来た。
がさりと茂みをかき分けて彼はおずおずと姿を現した。
慌てていたのか、長い髪に葉っぱが絡まってるのが少し可愛い。
八の字に下がった眉が弱々しくはあるけれど文句なしのイケメンが登場した。やったあ!!
「…私はリリィあなたは?」
「あの、僕はジャック」
気の弱そうな人狼は初めてそう名乗った。
…なるほど、ジャックね。
「あの、僕は君に危害を加えるつもりはないので、打たないでほしい、です」
「知ってるわ」
「だから、あの…え?」
ジャックと名乗った人狼はポカンとして私を見る。
ごめんね、それは君を呼び出すただの口実だったんだ。
見た目の年齢は私より2、3歳くらい年上に見える若い雄のようだし、人間は嘘をつくんだと今後は学んでほしいかな。
「あなたが私に危害を加える気がないこと、むしろ遠巻きに守ろうとしてくれていることは知ってたわ。もちろん銃で打ったりしないから安心して」
「あ、…うん。そうなんだ、ありがとう」
じゃあなんで?みたいにジャックがこちらの様子をうかがってくる。
ライフルの刺激が強すぎたか。そこまで怯えないでほしい。
「それにね、こっちは一年前から君のことに気づいてたんだから。いつ挨拶に顔を出すのかと思って待っていたのに、なかなか姿を表さないからしびれを切らして声を掛けたのよ」
「え、え、え、そうだったの?」
「そうよ、はじめまして」
「…えと、うん、………はじめまして」
私たちの間に微妙な空気が流れるけれど、そんなことは今どうでもいいの。
私が知りたいのはただ一つ。
「ねえ、何で私のことを守ってくれるの?」
恋慕か、親愛か。はたまたただの好奇心だったりするかもしれない。
まずはそこのところをはっきりさせたい。
ラブなの? ライクなの?
私のここからの行動はそれで決まると言っても過言でないない。
「それは…、その、君の事が好きだから」
奥手な人狼はもじもじしながらもそう口にした。
私は大きく息を吐いた。
(良し!)
「言質取ったわ」
よし、今からジャックを好きになると決めた。
私はずっと向けていた銃口を下ろす。
まだよくお互いのことを知らないかもしれないけど、そんなのは後付けでいいや。今この場から逃げられた方が困るもの。
「よし、いいわ。じゃあ恋人にしてあげる! あなた…ジャック!」
「ええ!? はい!」
「今日からよろしくね」
「はい!! …えええ???」
突然の展開についていけないのかジャックは目を回しかけている。人狼ってこんなに軟弱そうでもやっていけるのかしら???
「この森最強のハンターである私のおばあさまに挨拶する勇気、ある?」
「何? なになに?? 何の話??」
「ちなみにおばあさまの許可が下りなくちゃ、お付き合いの話は無しよ」
事実だ。
ここは山間の小さな村、貴族階級みたいな権力は無い。一応村長はいるけれども実力社会。私のおばあさまの発言力が一番高いんだ。
「お付き合い? 僕を恋人にしてくれるってこと?」
「そうよ、あとお嫁さんにもなってあげる」
「本当!?」
恋人=そのまま結婚だ。嘘じゃない。
「嬉しいけど、その…リリィはそれでいいの?」
「いいわ。あなたこと好きになるって決めたから」
ハンターは一瞬の判断が大事だ。
生きるか死ぬか、直感が全て。
私の直感がジャックは私にとって善良であると判断した。
「僕、リリィのことがとても好きだから、リリィのおばあさまはちょっと怖いけれどきちんと挨拶にいけます」
ジャックは自信なさげだがきっぱりと返事をした。うん、及第点。
人狼ってもっと荒々しくて怖い生き物かと思ってたけれど全然そうじゃないのね。個人差かもしれないけれど。
「よろしい、じゃあ今から行きましょ」
「え!!! 今から!?」
「善は急げって言うじゃない」
私はぐいと距離を詰めるとがっしりとジャックの手首をつかんだ。
逃がすものか。
人狼の身体能力が人間を遥かに超えているのは知っているけれど、ジャックはたぶん…私の事を振り払ったりしない。
「早すぎない!? 僕たち今さっき会ったばかりなのに!」
「早くない、私は一年待ったんだもの遅いくらいよ」
ホントそう。
初めて彼を見掛けて1カ月くらい疑心暗鬼で。
それから半年くらいそわそわして。
残りの期間はまだ出向いてこないのかとイライラしてた。
「それに結婚とかも、本当にいいの? 僕たち…その、初対面なのに…」
「初めてじゃないでしょ!!」
ジャックの言葉に我慢の糸がぷちんと切れた。
私の大声に驚いたジャックが口をつぐむ。
ああもうバカ!! そののんきな顔に腹が立つ! 私がいったいどれだけ待ったと思っているのか!
「だってあなたは、私の『クロ』じゃない! 分からないとでも思ってたの!?」
「!!」
「3年前に突然姿を消して…! ずっと探してたんだから!!」
5年前に私は黒い子犬を拾った。
その時はそれが人狼の子供だなんて知らなかったけれど。
「突然いなくなって、私がどれだけ心配したか!! 姿を見掛けて、どれだけ安心したか!!」
あ、だめだ。当時の事を思い出したら泣けてきた。
「リリィ…気づいてた…」
ジャックは感動しているのか、私の手を握り締めて嬉しそうに笑う。
目なんかキラキラさせちゃって憎らしい!
「ジャックのバカ!! 私のことが好きなら、なんですぐに会いに来ないのよ!!」
私はジャックの手を握り締めてその場で泣いた。
私は直ぐにでも会いたかったのに。
ジャックは私に会いたくないのかとか少しだけ思っちゃったじゃない。
黒い子犬が大人になったら灰色になっただけじゃない!
私たちは一年間、朝も昼も夜も兄弟みたいにずっと一緒に過ごしてた。
とてもとても仲が良かったのだ。
突然いなくなってしまったクロを探して、私は森に分け入っては狩猟の腕を上げていった。おかげでハンターとしてはもうじき免許皆伝だ。
なんで分からないと思うのよ。
数年会わなくて、姿が変わっても『もしかして?』って思うでしょう! 恋人として新たにお付き合いするのなら、本当は黙っていても良かったんだけど、だめだこの能天気さじゃ、溜め込んだら私が爆発する。
「リリィ、ごめん! ごめんね!!」
おいおいと泣く私をジャックが慌ててなだめる。
数分でも間近で見て確信した。
まばたきの仕方も耳の動きも、尻尾の揺らし方も昔と全然変わってないよ。
愛しい愛しい、私の大好きなクロだ。
「一年間もぐずぐずして!! ジャックのばか!!」
ほんと、人間なめすぎ!!
私はもうこの森のハンターなんだから!
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