【改良版】世界から戦争を無くす方法

久坂裕介

第一話

 西暦二〇三〇年一月一日。異常気象の影響で最高気温が、二十五度をえて夏日なつびになった東京。


 僕、徳川悠とくがわゆうは、量子りょうしコンピューター『春三号はるさんごう』をついに完成させた。

「や、やった……。これで今度こそ、この世界から戦争を無くす方法を見つけることが出来るぞ……」


 僕は小学生のころから、なぜ世界から戦争が無くならないのか不思議だった。僕の祖父そふは戦争でくなった。僕をとても可愛がってくれた、優しい祖父だった。

 

 だから僕も祖父が大好きだった。そして優しい祖父をうばったにくい戦争を、出来れば世界から無くしたいと考えるようになった。


 世界から戦争を無くさなければならない理由は、今さら考える必要も無かったので僕は考えなかった。


   ●


 時は五年前に、さかのぼる。

 西暦二〇二五年三月。僕は二十七歳で、大手電機メーカーTNMをめた。理由は二〇二二年までには完成するはずだった量子コンピューターが、完成しなかったからだ。僕はTNMの技術力に、絶望ぜつぼうしていた。


 そして決心した。僕一人の力で、量子コンピューターを作ろうと。東京大学の工学部を卒業した僕には、その自信があった。そして、お金もあった。僕の父は大手銀行の、頭取とうどりだったからだ。父はあぶらぎった顔をして、太っていた。


 父は自分が頭取を務める銀行に、僕が入行にゅうこうすることを望んだため、僕がTNMに入社することに猛反対もうはんたいした。父は僕が将来、銀行に入行するため良い大学に行かせるために、幼いころから優秀な家庭教師を付けた。そのおかげで僕は東京大学に入学、卒業することが出来た。また僕は長男だったため、父から大いに期待されていた。

 

 しかし結局は僕をあまやかして、TNMの入社を許した。

「若い時は、やりたいことをやればいい。でもいつか、銀行に入行してくれよ」

「うん、父さん」


 だから僕がTNMを辞めた時は、父は有頂天うちょうてんになった。

「しばらくは、ゆっくりするといい。それから銀行に入行すればいい」


 少し考えて僕は、ダメもとで言ってみた。

「うん。でも、しばらくはお金が欲しいんだ。一カ月に百万円くらい」


 それくらいは大手銀行の頭取である父には、痛くもかゆくもなかった。

「いいとも。でもその代わり、俺の銀行に入行してくれよ」


 僕は、うそをついた。

「分かったよ、父さん。約束するよ」


 僕は銀行に入行する気は、さらさら無かった。ただ量子コンピューターを作るための、お金が欲しかっただけだった。


 お金をもらった僕は早速さっそく、東京都の西にある白くて大きな別荘で、一人で量子コンピューターを作り始めた。別荘はその時、ほとんど使われていなかった。そこで、一階の大広間おおひろまを使った。


 量子コンピューターは、量子力学の現象げんしょうを利用して複雑な計算を解くことが出来る。量子力学は原子や分子、電子等の小さな世界の物理学だ。そして量子コンピューターの計算速度は、スーパーコンピューターとは比べものにならないほど速い。


 僕は、いつまでっても世界から戦争が無くならないので、人間はてにしていなかった。量子コンピューターだけが世界から戦争を無くす方法を見つけられると、信じていた。


 僕は自分で設計図をき、部品は業者から買って量子コンピューターを作り始めた。しかし一年かかっても、量子コンピューターは完成しなかった。だから取りあえず、スーパーコンピューターを作ることにした。ひょっとしたらスーパーコンピューターでも、世界から戦争を無くする方法が見つかるかもしれないと考えたからだ。


 僕には、同じとし婚約者こんやくしゃがいた。ひとみという名前で、長い黒髪が美しかった。僕の父が頭取をつとめる銀行の取引先の、社長の一人娘ひとりむすめだった。


 親同士の思惑おもわくで見合いをさせてみたら、僕たちはすぐに意気投合いきとうごうした。話をしてみると、考えることが似ていたからだ。この問題だらけの世界を何とかしたい、とか。だから付き合って一カ月で婚約した。もちろん二人の親も、喜んだ。


 瞳は頻繁ひんぱんに、別荘に弁当を持って訪れた。

「こんにちは、悠。そろそろお昼にしない?」


 僕は心からの笑顔で、答えた。

「ああ。僕も、そうしたいと思っていたんだ」


 瞳はなぜ僕が別荘にいるのか、知っていた。理由を知った上で、僕を応援おうえんしてくれていた。そして僕たちは瞳が作ってくれた、大豆だいずハンバーグをおかずにして、ご飯をたべた。大豆ハンバーグは、大豆ミートを使って作られる。


 大豆ミートは、しぼって油分をいた大豆を加工して肉の食感を再現した加工食品で、高たんぱく質、低カロリーだ。牛などの家畜かちくうには大量の水を使うため、水が貴重きちょうな今では本物の肉は、ほとんど存在しない。


 お昼を食べ終わると、瞳は聞いてきた。

「どう? スーパーコンピューターは、出来そう?」

「ああ、何とかね」

うれしい! スーパーコンピューターが出来て悠の夢がかなったら、私たち結婚するのよね?!」

「ああ、もちろんだよ」


 そして僕たちは、キスをした。

「私は悠の、その優しい目が大好きなの!」

「ありがとう。僕も瞳の髪が好きだよ」


 そして抱き合って、僕は瞳の髪をなでた。

「あら? 好きなのは、髪だけなの?」

「まさか。気の強そうな目も細いあごも、瞳の全てが好きだよ」

「嬉しい! 私も、軽くパーマがかかった髪も面長おもながの顔も大好きよ!」


 僕がスーパーコンピューターを作り始めると、あっさりと完成した。スーパーコンピューターを作る技術はすであまっていたからだ。高さ二メートル、はば一メートル、奥行おくゆき一メートルだ。僕はそれを『はる』と名付けた。


 人類にとっての春、戦争が無い世界を作ってくれという願いをめた。そして春の桜をイメージして、『春』の色は桃色ももいろにした。


 僕は早速さっそく、スーパーコンピューター『春』に世界から戦争を無くする方法を考えさせた。


 すると『春』に接続していたディスプレイに、答えが表示された。

『世界各国のリーダーを、全員女性にすること。理由は男性は戦いを好むが、女性は好まないから』


 僕は、しばらく身動みうごき一つ出来なかった。ついに待ち望んでいた答えに、たどり着いたからだ。しかし僕は、考えた。世界各国のリーダーを全員女性にするには、どうしたらいいのかと。それに少し不安になった。こんな簡単なことで、世界から戦争が無くなるのかと。


 そこで僕は『春』が出した答えを、ツイッターでツイートしてみた。すると、あっという間にたたかれた。


『はあ? 何、言ってんの?』

『それって、男女差別だろ』

北条政子ほうじょうまさこ承久じょうきゅうの乱で、鎌倉幕府の御家人ごけにんたちを戦いに向かわせたんだが』

徳川家康とくがわいえやすは、平和な江戸時代を作ったぞ!』


 ツイッターで叩かれたショックで僕は、『春』の答えをてた。そして考えた。『春』にもう一度、考えさせたら違う答えが出るのだろうか。僕は、ためしにやってみた。するとディスプレイに、違う答えが表示された。


『戦争をしていない他の国の国民は、人生を楽しむこと。理由はその姿を見た兵士たちは、うらやましがり戦いを止めるから』


 僕は再び『春』が出した答えを、ツイッターでツイートしてみた。


『え? そ、それは……』

『うーん、どうだろうなあ……』

『何、言ってんだ! そんなんで兵士が、戦いを止めるわけがないだろう! 人生を楽しんでいる奴らを、憎むに決まっているだろう! 「俺たちは命をかけて戦っているのに楽しみやがって!」って言って。そいつらを攻撃するかも知れないだろう!』

『あ、なるほど』

『そうだ! そんなことで戦いが終わるか!』


 僕は再び、『春』の答えを捨てた。そして、また『春』に考えさせてみた。だが同じ答えが出ただけだった。


 結局は世界から戦争を無くする方法なんて無いのか……、とショックを受けた僕は、絶望感から『春』をたたこわそうとした。だが、あるアイディアが浮かんだ。『春』のサーバーは、一つだけだ。サーバーとは要求に対して、データを提供ていきょうするプログラムだ。もしサーバーの数を増やしたら、違う答えが出るかもしれない……。


 僕は早速、『春』と同じサーバーを二つ作った。サーバーが三つになったスーパーコンピューターに僕は、『春二号はるにごう』と名付けた。そして考えさせた。するとディスプレイに、答えが表示された。


『人類の共通の敵を、作ることです。そうすれば敵と戦うために、人類は団結だんけつするでしょう。そして結果的に、世界から戦争が無くなるでしょう。今現在いまげんざいだと、異常気象が人類の共通の敵になるでしょう。


 江戸の幕末に、江戸城が無血開城むけつかいじょうされたのも同じ理由です。外国という共通の敵に対抗たいこうするために、幕府側の勝海舟かつかいしゅう倒幕とうばく側の西郷隆盛さいごうたかもりは手を組みました』


 僕は、おそるおそるツイッターでツイートしてみた。


『……』

『いや、でも、ほら……』

『これはもしかすると、イケるんじゃね?』

『マジか? 人類が団結して、世界から戦争が無くなるのか?』

『おいおい、マジかよ……』

『はあ……。バカか、おめーら! 異常気象を今まで、放っておいたから今みてーに取り返しがつかなくなったんじゃねーか! 人類が団結してたら、とっくに異常気象問題は解決したんだよ!』

『あ、なるほど……』

『なーんだ、やっぱり世界から戦争が無くなる訳ないか……』

『ま、そうだよな』


 僕は、もう一度『春二号』に考えさせてみた。すると違う答えが出た。


『戦争を起こした国の国民に、ばつを与えるのです。戦争を起こした国のリーダーは、国民が選挙で決めるので。だから具体的には戦争を起こした国の、選挙権を持つ国民全てに対して全財産の半分を没収ぼっしゅうすることを、罰とします。そうすれば国民は罰を恐れて、戦争を起こしそうなリーダーを選ばなくなるでしょう』


 この頃にはほとんどの国で、自分たちのリーダーを選挙で直接、選ぶようになっていた。


 それを僕がツイッターでツイートしてみると、反響はんきょうがすごかった。


『ぎゃはは! それ、最高!』

『そうだよな。戦争を起こしたリーダーは、その国の国民が選んだんだからな』

『そうだ、そうだ!』


 そしてこのツイートに対して、『いいね』の数が千を超えた。


 だが、それだけだった。誰もそれを実行するために、行動する者はいなかった。そして一週間もすると、ツイッターで叩かれ始めた。


『こんなものは、しょせんは机上きじょう空論くうろんだろ?』

『まあな』

『おい! それよりも、あのウワサのアイドルの熱愛報道ねつあいほうどうって、本当だったんだって!』

『マジかよ?! 俺、大ファンだからショックでけー!』

『俺もー』


 それで自信を失った僕も、何の行動も起こさなかった。夢が叶うかもしれないと期待した僕のショックは、大きかった。そして僕の心は、んだ。


 心配した瞳は、僕をはげましてくれた。 

「ねえ、悠。大丈夫? 元気出して」

「あ、ああ……」

「あなた、ちょっと変よ?」

「あ? 何だと?……」


 瞳が優しい目だと言ってくれた僕の目には、今や狂気きょうきびていただろう。

「僕の何が、おかしいんだ?!」

「え? そんな風には、言ってないけど……」


 僕は瞳の肩を強くつかむと、せまった。

「今、言っただろう? 言え、僕の何がおかしいんだ?! 言え! 言ってみろ!」

「そ、それは……」


 何も答えられなかった瞳は、別荘を出て行った。そして、二度と別荘にくることは無かった。


 僕がコンピューターを作り始めて、四年がった。すると父は、しびれを切らした。

「おい、悠! さっさと俺の銀行に入行しろ!」

「でも僕はまだ、やりたいことがあるんだ……」


 それでも父は、僕に甘かった。

「そうか……。それじゃあ別荘でリモートワークで仕事をする前提ぜんていで、入行しろ。実際には、仕事をしなくてもいい」

「ありがとう、父さん!」


 そして僕は、形だけ銀行に入行した。


 その頃には量子コンピューターを作る技術が進み、僕は時間をかけてついに量子コンピューターを完成させた。僕はそれに、『春三号』と名付けた。


 ●


 そして西暦二〇三〇年一月一日。僕は『春三号』に、世界から戦争を無く方法を考えさせた。直径一、五メートル、高さ二メートルの金色に輝く円柱えんちゅうから、んだ女性の電子音声がはっせられた。


『それは、コンピューターが考えることではないと思われます。どんなに時間がかかっても、人間が考え続けて答えを出すものだと思われます』


 僕は、右こぶしで『春三号』をなぐった。

「ふ、ふざけるな!」


 そして、何度も殴った。僕は今まで、人はもちろん、物を殴ったことも無かった。父が銀行の頭取だったからお金に関して何不自由なにふじゆう無く、らしてきたからだ。でも今は違う。おさえきれない怒りにまかせて、何度も何度も殴った。左右のこぶしに血が、にじむほど。


「ぼ、僕が、どれだけお前に期待していたのか、分かるか?! ええ?!」


 だが『春三号』には、傷一つ付かなかった。


 ほほに伝った涙がかわいた頃、殴るのを止めた僕はさとった。人は時に、どうしようもなく『負の感情』に支配しはいされることを。今の僕のように。


 僕はこの五年で、十キロせた。それほどコンピューターの製造に、没頭ぼっとうしていた。いや、りつかれていた。コンピューターに考えさせた、世界平和という幻想げんそうに。


 そして力なく、つぶやいた

「結局は、そういうことか……」


 そして僕は、考え始めた。戦争は、自分の力を必要以上に誇示こじしたいなどの、あやまった欲求よっきゅうに憑りつかれた者が起こすモノなのかも知れない。


 人間は誰でも多かれ少なかれ、欲求を持っている。だがその欲求は、平和的に満たされなければならない。そのためには……。


  ●


 僕が『春三号』から答えを聞いた日から、一カ月が過ぎた。僕は父から、お金をもらわなくなった。別荘でリモートワークで、ちゃんと父の銀行の仕事をしていたからだ。喜んだ父は、まだお金を渡そうとしたが僕はことわった。

「僕ももう、結婚したからね。一人前の夫になりたいんだ。いつまでも父さんに、甘えてはいられないよ」


 そして仕事が一段落した僕は、考え始めた。どうしたら、世界から戦争を無くすことができるのか。


 腕組みをしながら考えていると、妻が声をかけてきた。

「あら、あなた。また『世界から戦争を無くす方法』を考えているでしょう? でも、ちょっと休んだら?」と妻は僕に、カップに入れたカフェラテを差し出した。


 僕は笑顔で、礼を言った。

「ありがとう、瞳。そうだな、ちょっと休もうか」



 一カ月前、僕が、どうしたら世界から戦争を無くすことができるのかを自分で考えていると、別荘に瞳がやってきた。あわい、ピンクのワンピースを着て。

大丈夫だいじょうぶ? 悠?」


 僕は、目を見開みひらいておどろいた。

「瞳、どうしてここへ? 僕は瞳に、あんなひどいことをしたのに?」


 瞳は、微笑ほほえみながら答えた。

「だって悠は、いつも私に優しかったから。あの時はきっと、心が不安定だっただけだと思ったから。それに『世界から戦争を無くす方法』を求めていた悠は、素敵すてきだったから……」


 僕の心は、ふるえた。瞳の優しさに。そして思った。瞳に、ずっとそばにいて欲しいと。だから、告げた。

「瞳、僕と結婚してくれないか」

「え?」


 僕は必死に、頭を下げた。

「僕は瞳と、ずっと一緒にいたい!」


 すると瞳は、満面の笑みで答えてくれた。

「はい!」



 そして、現在。カフェラテを飲み終えた僕は、り切っていた。

「よし、一休ひとやすみしてリフレッシュしたから、がんばるぞ!」


 瞳は、微笑みながら聞いてきた。

「どっちを、がんばるの? 銀行の仕事? それとも『世界から戦争を無くす方法』を考えること?」


 僕は、腕組うでぐみしながら答えた。

「うーん……。どっちも」


 そう答えたが、やはり不安ふあんが残った。本当に、『世界から戦争を無くす方法』があるのだろうかと。人類じんるいの歴史は、戦争の歴史と言ってもいいからだ。だが僕は、『人間が想像したことは大抵たいてい、実現できる』という言葉を思い出した。


 数十年前は夢だと思っていた携帯電話、電気自動車、太陽光発電パネルが出来た。宇宙旅行にも、行くことが出来る。そうだ。世界から戦争を無くしたいという人がいるのなら必ず、『世界から戦争を無くす方法』を見つけられるはずだ。そう考えて僕は、まず銀行の仕事に取りかかった。



                             完結

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