第6章 -蒼と橙と迷いの森の姫
彼女は懸命においおいと生い茂った森林の中を続けて走りいた。
しっかりとした厚めの丈夫そうな外套を頭まですっぽりと被り顔は伺う事はできない。
だが、さほど年端のいかない少女のようだ。
『私やりました!遂にやりました!!何度も策を練っては衛兵に捕まり、それを何度も何度も繰り返し・・・見つけたんです!城を抜け出すチャンスを!!私、今まで生きてきた中で一番ドキドキしています!!これが外の世界・・・イドとは別の国・・・すごい!見るもの全てが新鮮です!!
あ!!でも浮かれてる場合じゃなかった!!探さなければ・・・私達を、イド救う救世主を!
噂に名高い「蒼の風」の皆さんを!
・・・だけど私は今大ピンチです!何者かに追われています!!イドの衛兵ではないようですけど・・・あれは・・・』
彼女はもう限界というように木に手を掛け、ゼィゼィと息を切らしている。
「ハァ・・・ハァ・・・何とか逃げきれた!?・・・だけどあれは・・・ニンゲンヘイキ?
でも人語を話していた・・・あれはいったい!?」
彼女は一度大きく深呼吸をし、手を置いていた木から手を放した。
「とにかく今は急がないと!」
彼女は外套の襟を強く握り締め、また走り始めた。
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「地面固い!虫が多い!シャワー浴びたあああい!」
「だあああああ!うるせええええ!」
セツナの延々と続く文句にタチカゼは痺れを切らして叫んだ。
オンジはそんなやり取りどこ吹く風で、夕食の準備をしていた。
「あんたらねぇ、女子だよ?あたし女の子だよ?今日で野宿3日目だよ!?扱いがおかしいだろ!?普通、気を使って街とか村に寄るだろ!?」
「しょうがねぇだろ?この森抜けるのが一番本部に着くの早いんだから。・・・早くあのニンゲンヘイキの村人のサンプル届けねぇと。」
「うっ・・・。そ、それはそうだけ・・・。」
セツナはゴニョニョと口ごもる。
「どうでもいいが、お前たちには手伝うという真心はないのか?」
オンジがため息交じりにそう呟いたその時だった。
「シッ!!!」
セツナがオンジの言葉を遮った。
そして地面に耳を当てる。彼女の五感は通常の人間の数十倍の能力があるのだ。
「ニンゲンヘイキか!?」
タチカゼがセツナに問いかける。が、
「ちょっと黙ってて!!」
セツナは更に聞き耳に集中する。
「2人いる・・・一人は人間・・・多分女性・・・もう一人はニンゲンヘイキだけど・・・
脈拍、動悸の乱れ、息切れも少し起こしてる・・・覚醒者だね、多分。」
セツナは地面から耳を離した。
「あっちの方角に1.5キロって所だね!」
「何でこんな夜に女性が一人で・・・まぁ、とにかくその女性が襲われてるって事だよな?」
タチカゼはカタナを、セツナはライフルを手に持つ。
「オッサンは夕食の準備頼むわ!」
タチカゼとセツナは二人がいるであろう方向に一目散に駆けていった。
「タチカゼだけでよくないか?だからお前ら真心は・・・」
オンジが二人の方に振り向いた時には最早豆粒大の大きさにしか見えない距離まで
離れていた。
三角頭巾を被りエプロン姿のオンジは、虚しく呟きながら二人を見送った。
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『ピンチです!超超超ピンチです!!やはり私のような世間知らずが外の世界に出るなんて無謀だったのでしょうか?』
彼女は大木に背をあずけ、尻餅を付いて動けずにいた。
目の前にはボロボロの外套に身を包み腕や脛充てなどの部分的な鎧を纏ったニンゲンヘイキが大剣を携えて立ちはだかっていた。その左眼は妖しく橙オレンジに光輝いている。
「俺は誰・・・だ?何故・・・ここに・・・いる?」
「し、知りません!!あなた様はニンゲンヘイキではないのですか!?」
「ニンゲン・・・ヘイキ・・・?うっ・・・ぐああぁぁぁぁぁぁ!!」
その橙の瞳のニンゲンヘイキは頭を抱え苦しみ出す。
「だ、大丈夫ですか・・・!?」
彼女は怯えながらもニンゲンヘイキに声をかけた。
「ハァ・・・ハァ・・・何でもいい!!教えろ!!俺は誰だあああああああ!!!」
橙の瞳が大剣を振りかぶる。
少女は覚悟を決め、瞼を閉じた。
『ああ・・・神様、やはり私は間違っていたのでしょうか?私の故郷を・・・イドを
変えるなんて考えは愚かな行為だったのでしょうか・・・?』
その大剣が振り下ろされた瞬間だった。
ガインッという固い金属音がしたかと思うとその大剣の軌道は大きく少女から逸れ、地面を大きく抉って刺さった。セツナのライフル弾だ。
すぐさま横薙ぎの剣撃が橙の瞳に襲いかかる。それをバックステップで避けて間合いを取る。
セツナはすぐ少女の元へ駆けつける。
「大丈夫かい!?もう心配いらないよ!」
「あ・・・は・・・はい」
少女の震えはまだ止まらなかった。
一方で互いにカタナと大剣を前に構え睨み合うタチカゼと橙の瞳のニンゲンヘイキ・・・。
「まったく、毎度嫌になるぜ。覚醒者を見てると昔の自分を思い出してよ・・・。」
最初に仕掛けてきたのは橙の瞳の方だった。相手は興奮状態だったが剣筋は実に正確だった。
タチカゼと2、3度剣を交じり合わせ鍔迫り合いの形になる。
「お前は教えてくれるのか!?俺は一体何だ!?」
「知らねえよ!そんなの自分で考えろ!!・・・ってお前!?」
2人は剣を引き、再び距離を取る。
「セツナ!こいつ眼が橙色だ!!また新型かよ!?」
「タチカゼ、援護するよ!」
セツナはライフルを構える。
「いや、いい!お前はその子を頼む!!」
そんな会話をしているうちに橙の瞳が距離を詰めてきていた。
ゴウッとものすごい風切り音を出しながら大剣が振るわれる。
これはカタナでは受け止めきれないと、間一髪の所で大剣を躱す。
タチカゼの髪が数センチ切られ中を舞う。
獲物を捕らえきれなかった大剣はそのまま地面に叩きつけられ砂埃を上げた。
砂埃がおさまると大地は衝撃で数メートル範囲で抉れている。
「・・・片手でブンブンそんな大剣ぶん回しやがって、どんな怪力だよ!?」
タチカゼはフゥゥゥーと大きく息を吐いた。汗が頬を伝う。
「こりゃ無傷で捕獲って訳にはいかなそうだ・・・本気でいく!!」
タチカゼはカタナの柄を握り直す。
一方の橙の瞳は大剣を肩に担ぎ足を大きく広げ、腰を落とした。まるで全身のエネルギーを一つに凝縮しているかのようだ。特大の一撃を繰り出すつもりだ。
それに対しタチカゼは完全に脱力し、構えすらとっていない。
次の瞬間、橙の瞳は目をカッと見開き大地が抉れるほど地面を蹴った。
そのまま突進力に加え大剣の重さを乗せ特大の一撃が振り下ろされる。
だがタチカゼはそれを体を捻り、ギリギリの間合いで躱してた。
「利き腕は残してやる!だから勘弁な!!」
タチカゼはそのままカタナを振り上げた。
そのするどい太刀筋は綺麗に相手の肘から下を斬り落とした。滑らかな綺麗な斬り口だ。
「があああああああああああああああああああああああああ!!!」
静寂の森林地帯に断末魔がこだまする。
その隙をついて瞬時に背後に回り込み、カプセル型の注射針を首元に刺す。慣れた手付きだ。
「ク・・・ソ・・・」
橙の瞳の男はそのまま前のめりに倒れた。
タチカゼはハァ、とため息をついた。
「とりあえず止血しないとな。それで・・・オッサン呼んできて担いでいってもらうか。」
タチカゼはセツナと少女の方を見た。
「そっちは大丈夫か?」
「うん、大丈夫!だいぶ落ち着いたみたい。立てる?」
セツナは少女に問いかけた。
少女はよろめきながら何とか木に捕まり立ち上がり、フードを取って満面の笑みを見せた。
「危ないところを・・・本当にもうダメかと思いました。」
「・・・え?・・・はあああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
セツナは今まで見せた事もないような驚愕の表情を浮かべ、一歩二歩と後ずさった。
タチカゼが二人に近付いていく。
「おお!綺麗な顔してんなぁ、何かこう高貴つーか・・・」
セツナはおもいっきりタチカゼの頭をどついた。
「バカ!アホ!死ね!この人は・・・イド帝国の王妃だよ!!!!」
「・・・うん?」
二人は固まったままだった。王妃の顔だけが満面の笑みを浮かべていた
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