第5章 -蒼い月が泣く夜はー

アルキノは今日も例の頭痛に苦しめられ、寝付けずにいた。


頭の中に鳴り響くのはキーン、キーンと鳴る警告音と途切れ途切れに聞こえる機械的な音声だ。




『エラー・・・ラー・・・ジン・・・プロ・・・ジュウダイ・・・ガ・・・シタ・・・エラー・・・』




今日でもう一週間目だ。少し立てば止まるのだが、最近頭痛の頻度が多くなっている気がする。




「もう・・・もう・・・止やめてくれ!!」




アルキノは布団を頭まで被り、頭を抱え丸まってこの地獄の時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。




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「本当にその情報、合ってんのか?」




タチカゼは訝し気にセツナに聞いた。




「何!?あたしのレーダー機能、疑ってんの!?」


「いや~・・・」




タチカゼは頬をポリポリと掻いた。




「いや、だって指揮官とか統率してる人間もいないのに、ニンゲンヘイキが30体も40体も集まってるってんだろ!?しかもその場所はすでにニンゲンヘイキに蹂躙された後の人も住んでない村だっていうじゃねぇか!そんな所で何してるんだよ?宴会でもやってんのか!?」




タチカゼは矢継ぎ早にセツナを捲し立てた。セツナもㇺッと眉間に皺を寄せ、




「うるさいね!あたしが知るわけ・・・待った!!」




セツナは並走して走っていたタチカゼの前に足を突き出した。


タチカゼはそれにひっかかり、顔面から地面に突っ込みズザザァーと大地を滑っていった。




「うえっぷ!!何すんじゃい!!」


「どうかしたのか?」




オンジがセツナに問いかける。




「シッ!!」




セツナが耳に手を当てる。電波傍受する時のセツナの癖だ




「・・・チッ!!サルトビ先輩しくったね!ウダラの街へのニンゲンヘイキ襲撃は鎮圧できたみたいだけど、ニンゲンヘイキを数十体逃がしてる!」




オンジは地図を広げた。




「まずいな・・・近くにカカトトって村がある。」


「よし、救援に向かうぞ!」タチカゼは勇んで皆に言った。


「何言ってんのよ、あんた一人で行くんだよ!」




セツナが冷めた目で言った。




「こっちの件だってほっとけないでしょ?あたしがいないと辿り付けないし。あんたなら一人で何と


でもなるでしょ。」


「俺はセツナの護衛だな、もし3,40体のニンゲンヘイキを相手にする事態になったら後方支援型のセツナだけではキツいからな!」


「いや、護衛ならオッサンじゃなくて俺でも・・・」




セツナはビッとタチカゼを指差した。




「いいか、これは命令だ!今からカカトトの村に向かえ!ニンゲンヘイキがそちらに現れたら、速やかに迎撃!鎮圧終了したらあたしが位置情報の電波、常に出しとくから通信機使って速やかにあたし達と合流!!以上!分かったらさっさと行け!!!」




オンジがタチカゼの肩にポンと手を置いた。




「仕方ない、お嬢の命令は絶対だ。ガンバ!!」




オンジはナイスに親指を立てた。




「みんな・・・みんな・・・キライだぁ!!だぁ・・・だぁ・・・だぁ・・・」




タチカゼは悲劇のヒロインが愛しの王子様に裏切られたかのように走りだした。


目にはキラリと光るモノが溢れていた。




「・・・ガンバ!」




タチカゼの哀愁の後ろ姿にオンジはもう一度ナイスに親指を立てた。


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気付くともう太陽は頭上のテッペンにまで登っていた。セツナからの位置情報を辿り、やっと村の入れ口に辿りついた。


そういえば、前に遥か昔の文献で『走れメロス』とかいう話をキューブに聞かされた事があった。


何でも友の為に3日3晩走り続けたのだとか・・・距離は足りないが今はそんな気分だ、と息を


切らしながらタチカゼは思った。


村の門構えに立っている木の柱に手を付き、ハァーとため息を付いて顔を上げた時、ふと違和感に気付いた。


この村はニンゲンヘイキの襲撃を受けたはずなのに家屋も防護柵もすべて修復されている。




【どういう事だ?】




と訝し気ながら一歩二歩と歩みを進めたその時だった。


バコーン!!とおでこに強い衝撃を受けてそのまま村の外まで吹っ飛ばされた。




「・・・痛ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!誰だ!??」




タチカゼが顔を上げると、そのには村の門の前で冷徹のお嬢ことセツナが拳銃を構えて立っていた。




「おせぇ・・・殲滅後、速やかに合流って言ったよな!?」


「え・・・ええええぇぇぇぇええ・・・!!」




あ・・・ありのまま今起こった事を話すぜ!『俺は言われた通りカカトト村の騒動を鎮圧後、夜通しかけて走り続けて速やかに合流したんだ。合流したと思ったら拳銃で撃ち抜かれた』


な・・・何を言っているかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった・・・


頭がどうにかなりそうだった・・・


と、誰かに言いたかったがそんな人物が近くにいる訳もなく・・・


ただブルブルと震えながら驚愕の顔を浮かべ固まっていた。


何事かといつの間にか村人達も入口に集まってきていた。




「安心しろ、ただのゴム弾だ。だがなかなか痛いだろう・・・その顔を見てるともう一発打ち込み


たくなるなぁ・・・」




セツナはタチカゼの顔面に標準を合わせる。




「す・・・す・・・すいませんでしたあああああぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」




タチカゼは遥か古≪いにしえ≫より伝わる絶対服従の証『ドゲザ』を披露してみせた。




「・・・よし、今回は見逃してやる!ついてきな!!」


「は・・・はい!お嬢!!・・・おぅ・・・おぅ・・・おぅ・・・」




タチカゼの目にはキラリと光るモノが溢れていた。


村人達もよくは分からないが二人の見事な立ち振る舞いに称賛の拍手を送った。




「ところでお嬢!」


「そのキャラ、もういいっーつうの。」


「コホン。なぁ、セツナ。この村は廃村のはずじゃあ・・・それにあの何十体もいたニンゲンヘイキの反応はなんだったんだ?」


「反応の正体って・・・あんたが今見てるじゃないか?」


「は?」




タチカゼは歩いている村人を見る。よく見ると左眼が緋く輝いている。




「な!?まさか、ここの村人全員・・・!?」


「そいう事!じゃ、村長の家へいくよ!」




タチカゼは頭を混乱させながらもセツナの後に付いていった。




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「アルキノ!?またか!!!」ハナタビはすぐアルキノの傍そばに行き、体を支えた。


「また?」タチカゼが聞いた。


「ええ・・・10日程前からずっとこうなんです。突然頭痛がするらしくて・・・」


「ハァ・・・ハァ・・・もう・・・大丈夫だ。済まない。」




アルキノは自分で立ち上がった。




「早く皆さんを温泉へ。」アルキノはハナタビに促うながした。


「あ、ああ。分かった。皆さんこちらです。」


「アルキノさん、あなたも一緒に本部に一度行きましょう。あそこなら医療面でもキューブシステムの化学面でも充実してる!あなたの力になれるはずだ」とタチカゼはアルキノに提案した。


「・・・ありがとうございます。」アルキノは頭を下げた。


「お、お大事にね」とセツナはひょこっと顔を出し、ソワソワしながらアルキノに声を掛けた。どうやら温泉で頭が一杯でそれ所ではないらしい。




「大丈夫です」アルキノは珍しく笑顔で答えてみせた。




4人が部屋を出て行った後も、痛みは和らいだが警告音と機械的音声だけは鳴り響き続けた。




『エラー!エラー!ジンカ・・・ラム二・・・ジュウ・・・ケッカンガ・・・シュツ・・・シタ』




その声は途切れ途切れで何を言っているのか分からない・・・。


「クソッッ!!」アルキノは椅子を蹴り上げた。




########################


セツナがハナタビを後ろに押しのけ、そのままライフル銃を4発発射した。


4発とも見事アルキノの足に命中する・・・が『ギンッ』という金属音にも似た高音をたて、玉は弾き返されてしまった。




「な!?」驚くセツナ。


「何するんですか!?やめて下さい!!」ハナタビがセツナの前に立ち塞がった。


「大丈夫、急所は狙わないよ!!それより対ニンゲンヘイキ用のライフル弾を弾き返すなんて・・・」


「タチカゼ!セツナ!あの眼・・・」オンジがアルキノを指差す。


「緋い両眼!?あんなニンゲンヘイキ、見た事ないぞ!?」


「イドは新型のニンゲンヘイキを作り上げていたのか!?」


「オッサン!とり合えず全部後回しだ、行くぞ!!」




タチカゼとオンジが同時に飛び掛かる。オンジの拳が腹に、タチカゼのカタナが首元に直撃する。


が、どちらもライフル弾と同じ様に弾かれてしまう。




「何だと!?」「硬ぇ!?」




二人は同時に地面に着地した。


それを見たアルキノはニタァーと薄気味悪い笑みを浮かべると両手に力を込めた。




「た、たすけ・・・!!!」




『グシャア!!』と嫌な音が村に響き渡る。首の無くなった体がゴロゴロと瓦礫から落ちていった。




「アルキノオオオオオオオオオオオオ!!!」




ハナタビが叫ぶ。


タチカゼは全力で戦う事に躊躇していた。アルキノは・・・あいつは・・・


ただ人間として生きていきたいだけなんだ!!それがこんな・・・。


すると頭の中で声が聞こえた。




『君は何を躊躇している?このままではこの村は全滅してしまうぞ!』


【分かってる!!だけど・・・だけど・・・】




タチカゼは強く柄を握り直した。




『やれやれ・・・しょうがない。なら僕が変わりに泥を被ろう。奥の手を使わせてもらうよ!』


「奥の手!?」




そう言われた瞬間、意識が急速に後ろに引っ張られて行く。まるで何かに吸い込まれているようだ。


ハッ!と気付くと例の瀕死状態になった時にくる、あの真っ暗な空間『コアキューブ』の中に立っていた。




「何だよ・・・これ!?おい、キューブ!!どうなってる!?」




すると目の前にモニターのようにビジョンが写し出された。


目の前の瓦礫の上にはアルキノがいる。




「これは・・・俺が見てる景色・・・なのか!?」




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「そうか・・・すまない」タチカゼは踵を返した。セツナとオンジもそれに続く。


「・・・すまないがアルキノさんの遺体は本部の化学班が回収させてもらう。村の修繕にも何名かよこすよ。」




タチカゼは前を向いたままそう言った。




「・・・私達もいつかああなるんでしょうか・・・?」




タチカゼは何も答えなかった。


ハナタビや村人達もそれ以上タチカゼに返す言葉がなく、ただ地面の一点を見つめていた・・・。




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セツナが前を向いたまま聞いてきた。




「・・・さっきの鞘からカタナ抜く技、すごかったな。いつ習得したんだ?」


「いや・・・まぁ、ちょっとな。」




キューブの事はややこしい上に本人にも口止めされている為、皆には内緒にしている。




「・・・なぁ、あたし達もいつかあんな事に・・・ただの兵器に戻る日がくるのかなぁ・・・」




タチカゼは何も答えず空を見上げた。今日は綺麗な満月が出ている。しかし上空を覆うナノキューブ


の霧のせいで、月は朧気おぼろげにしか見えない。




【こんな気分の時くらい、綺麗なお月様をみせてくれよ・・・】




と、タチカゼは上空を漂う霧を憎々しげに睨んだのだった。


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