第4章 ー蒼の意思ー


俺は剣術や腕っぷしには自信があった。俺の住むカカトト村はライカの国の南東の位置する小さな


村だ。これといった特産物や資源はないが、武道が盛んで月に一回は剣術や格闘の大会が開かれる


事でちょっとした有名な村だ。俺はそこで剣術の大会では3位に、格闘大会にいったっては2回程


優勝経験がある。なかなかなもんだろ?


そんな俺が昔から口癖のようによく言っていた事があった、『ヒーローになる!!』だ。


ガキの頃はよく口にしていたが、近頃は流石にいい歳になったので言う事はなくなった。


だけど気持ちはガキの頃と変わる事はない。


だから俺が村の自警団に入団する事は自然な流れだった。


普通の村や街には対イド帝国ゲリラ部隊本部から常駐の兵士が派遣されるらしいが、うちの村は違う。


腕っぷしが集まる我が村は自分達の身は自分で守るという事で、村人数十人からなる自警団が組織されているのだ。


俺は17歳になりやっと自警団に入れる権利を得た。


今日はその入団式だった。さぁここからが俺のヒーロー街道の始まりだ!


そんな事を考えながら胸をはずましていると、後ろから肩を組んでくる奴がいた。




「よお、カザハ!やっぱり入ったか、自警団!」




こいつはアラヒト、昔からの腐れ縁だ。




「なんだ、アラヒトかよ。お前もいるって事は入ったんだろ?自警団。」


「俺は・・・後方支援にまわる事にしたよ、だからお前と一緒には戦えないな・・・。」


「え!?なんでだよ!?」


「俺はお前らの化物みたいな強さにはついて行けねぇよ・・・だから俺の分も活躍しろよ!ヒーロー!!」


アラヒトは俺の背中を思いっきり叩いた。




「やめろよ、昔の話だろ!!」


「とか言ってやる気満々に見えたが?シッシッシッ!!」




そこからは訓練の日々だ。いくら格闘自慢が集まっていてもニンゲンヘイキの強さは次元が違うと


先輩から聞いた。俺達はチームでフォーメーション組み、相手を追い詰めていく戦法を取っている。


とはいえこの村はイドからは遠く離れており、はぐれニンゲンヘイキとでもいうべきか、部隊から


はぐれたニンゲンヘイキが1,2体村に迷い込んで来る程度のもんだ。




初戦はニンゲンヘイキが1体だけだった。確かに俊敏性・パワー・耐久力、どれを取っても人間離れしすぎている。一人で相手にするのは確かにやばい!だが俺達は今まで何度も繰り返し訓練してきたフォーメーションでうまく相手を翻弄し、遂に数人でトドメを差した。


俺は勝利の雄たけびを上げた!みんなもそれに呼応するかのように叫び、腕を天高く突き上げた!




それからは一月に2・3回村にニンゲンヘイキが迷い込む事はあった。2体同時に侵入された時は


さすがに苦戦したがそれでも何とか撃退する事が出来た。


すべては順調だった。


ニンゲンヘイキを撃破した夜はそれはもう村を上げての大宴会だった。




「俺達は強い!!」「そうだそうだ!!」「ニンゲンヘイキでも何でもきやがれ!」




誰かが何かを口にする度、大喝采が起きた。俺はそれを見ながら思う事があった。




『俺はヒーローになるんだ!その為にはもっと大きな戦闘で、大きな戦果を挙げなければ・・・。


そして・・・絶対俺は、ゲリラ部隊の本部の隊員になるんだ!!』




その決意を胸に、俺はポポレミのジュースを一気に飲み干した。






大きな戦闘を・・・大きな戦果を・・・。


そのチャンスは突然訪れた。




#################

その日は何かがおかしかった。


それは二体目のニンゲンヘイキを皆で何とか倒した後だった。


フゥーと思いっきり俺は息を吐き出した。やはり今でもニンゲンヘイキと相対すると心臓を


鷲掴みされたような苦しさと緊張感がある。どうにも今だに慣れない。


ふと、頭を上げると3体目のニンゲンヘイキが目に入った。




「な・・・!?」




しかも一体どころではない!わらわらとニンゲンヘイキが何かに吸い込まれるように入って来る。




「な・・・何だよこれ!?」




その時、自警団長であるモリモトが回りの団員に聞こえるように叫んだ。




「どうやらウダラがニンゲンヘイキの襲撃を受けたらしい!」




ウダラとはここから少し離れたライカの国の南東地帯の中心都市である。




「そのニンゲンヘイキがこっちまで流れて来たって事っすか!?」




誰かが団長に問いかける。ここかしこでニンゲンヘイキとの戦闘が始まった!




「とにかく陣形を崩すな!一人でニンゲンヘイキと戦おうと思うな!!チームで戦え!!」




団長も無茶を言う、と俺は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。


このニンゲンヘイキの数、一人で一体相手にするしかないじゃないか!?


そんな事を考えている内にニンゲンヘイキの一体が剣を振り上げ迫って来ていた。


とっさにこちらも剣で受け止める。一撃が重い!




「ク・・・ソ・・・がああああああ!!!」




俺は思いっきり剣を押し上げニンゲンヘイキを押し飛ばした。




「おっしゃああ!!こうなりゃやってやるよ!!」




俺は正眼に剣を構える。これはチャンスだ!逆に考えろ!!ここで武勲を立てて噂になれば・・・


本部招集も夢じゃない!!


俺は覚悟を決め、そのままニンゲンヘイキに突っ込んで行く。相手は動かない。俺は右肩めがけて切り


かかる。難なく受け止められてしまった。その後何度か剣を交えたがすべて弾かれてしまう。


そのまま軽くバックステップを踏み、一度距離を取った。


確かに強い、速い・・・だが見切れない程じゃない!俺はもう一度突っ込んでいった!もう一つ


分かった事がある、こいつらフェイントに弱い!俺は軽くフェイントを入れ下から切り上げる様な


姿勢を取った。案の定、相手は下に意識が集中し上ががら空きになった。


すぐさま剣の軌道を変え、首を狙う。剣は綺麗に首に刺さった・・・が。




「何!?」




一センチ程、剣が食い込んだ所から全く切れない!!


ニンゲンヘイキは首に食い込んだ剣を手で払いのけた。再び距離を取る。呼吸が荒くなっているのが


分かった。




「ハァ、ハァ・・・そんなのありかよ!?・・・化物め・・・!!」

俺は悔しさで歯軋りし、剣の柄を握り直す。


その時だった。




「ぐああああああああああああああああ!!!」




断末魔が村に響き渡る。


横を向くと先輩団員のイダテンがニンゲンヘイキに胸を槍で貫かれ、宙ぶらりんに持ち上げられていた。




「イダテン先輩!!!」




今すぐに助けに行きたいが一歩でも今動けば目の前にいるニンゲンヘイキにやられる・・・


俺はただ立ちすくむばかりだった。


イダテンの胸から血が止めどなく溢れて来る。口からは泡も吹いていた。


イダテンは宙ぶらりん状態で胸当ての中から筒状の物を取り出した。


そしてこちらを向いて無理矢理笑顔を作った


その筒状の物が何か、俺には瞬時に分かった。




「イダテン先輩!ダメだ!!」


「後・・・は・・・ごほっ!・・・たのん・・・だぞ・・・ヒーロー!!!」




イダテンが筒状の手榴弾の線を抜いた。


爆炎と共に爆風が俺の元まで飛んできた。なんとかギリギリで耐える。


爆発で巻き上がった土埃がおさまるとそこにイダテンの姿はなく、丸焦げのニンゲンヘイキが膝立ちで微動だにしなくなっていた。




「あ・・・く・・・くそおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




俺は感情を爆発させて目の前のニンゲンヘイキに連撃を浴びせた。


もうダメージも残りの体力も関係ない!ただただ怒りに任せ、目の前の相手に剣を振り続ける。


・・・だから俺は気付かなかった。気付いた時にはもうそいつは俺の後ろにいた。


はっ!と気配を感じ後ろを振り向くと、そこにはイダテンの自爆に巻き込まれたはずのニンゲンヘイキ


が丸焦げの姿で槍を高く掲げていた。




『あ、死んだ』




俺がそう思うか思わないかの瞬間、槍が俺目掛けて降って来た。




その時だ!!俺とニンゲンヘイキの間に何かが割り込んで来た!その割り込んできた何かは


見た事もない片刃の剣で相手の槍を切り上げ真っ二つにし、返す刃で肩口から心臓の部分まで斬り


割いた。そのまま相手を足で蹴り、剣から引き抜き体を急回転させる。その遠心力を剣に乗せて、俺の目の前にいるニンゲンヘイキの胸を貫いた。剣を引き抜くとニンゲンヘイキは糸の切れた人形の様に


どさっと崩れ落ちた。




「大丈夫か?」




余りの一瞬の出来事に呆気に取られていると、その謎の男が声をかけて来た。




「え・・・あ・・・は、い」


「俺はゲリラ本部の特務部隊『蒼の風』のタチカゼってもんだ!指揮官はどこのいる?」




とタチカゼという男が話していると、そこに丁度団長のモリモトがやって来た。




「カザハ!!大丈夫・・・あんたは?」


「ゲリラ本部の特務部隊の方だそう・・・です。」


「特務部隊!?何でそんな人がここに?」


「この村にニンゲンヘイキが向かってる事をキャッチしてな、救援に来た。」


「一人でですか!?」


「おう!まぁ、心配すんな!それよりここの指揮官は?」


「わ、私ですが・・・?」丁度よかった!あんたら、兵士も含め皆避難させてくれ!後は俺がやる!!」


「いやそんな!?私達も戦います!!」


「いやいや、むしろ邪魔!いいから早く全員退避させてくれ!」


「わ・・・分かりました」




モリモトは村中に聞こえるような大音量で号令をかけた。




「全員退避だ!!動ける者は負傷者に手を貸してやれ!!」


「さ、お前も!」




タチカゼは俺の背中を軽く叩いた。




『グサッ!!!』




嫌な肉を突き刺す音がした。見ると倒れたままニンゲンヘイキがタチカゼの胸を貫いていた。




「しま・・・た・・・」




ニンゲンヘイキはゆっくり立ち上がり、タチカゼから剣を引き抜く。


今度はタチカゼが糸が切れた人形のように倒れる。ニンゲンヘイキはそのまま俺の目の前に立った。




「ひっ・・・!!」




俺はみっともなく尻餅を付いた。もうすべてが終わったのだ。俺は目をぎゅっとつぶった。




その頃、倒れたタチカゼの頭の中には『彼』の声が拍手と共に響ていた。




『おめでとうタチカゼ君!記念すべき70回目の瀕死状態だ。よくもまあこうも簡単に死ねるねぇ。』


【うるせぇ!いいからさっさと再生させろ!クソサポートプログラム君!!】


『はいはい』




タチカゼの刺された傷口から立方体が幾重にも重なり膨らんで傷口を再生する。


ニンゲンヘイキは俺にトドメをさそうと剣を振り上げた!




『グサッ!!!』




またも剣が肉を突き刺す音・・・。俺は恐る恐る目を開けた。


タチカゼの剣がニンゲンヘイキの右目を貫き、後頭部から切っ先が飛び出ていた。


今度こそニンゲンヘイキは倒れ、まったく動かなくなった。




「クソ!ちゃんと心臓貫いたつもりだったのに・・・まだまだだな・・・」




タチカゼはブツクサ言っている。


俺はただただ何が何だか状況が分からず




「あ・・・あんたは一体・・・。」と聞いた。


「俺はニンゲンヘイキだ!蒼の風はニンゲンヘイキで組織された特務部隊なんだ。ま、そんな事は


いいから。立てるか?」




タチカゼに手を出され、俺はその手を掴み立ち上がった。力強いゴツゴツした歴戦の猛者の手だった。




「うし!大丈夫だな!さ、早く行けよ!!」




俺は何回か頷き、猛ダッシュでその場を離れた。チラッと後ろを振り返ると、タチカゼはもうすでに


3,4体のニンゲンヘイキを斬り倒していた。




########################




辺りはすっかり暗くなり、昼間の惨劇が嘘だったかのように静まり返っていた。


ただ、村の中央にある普段は剣術や格闘の大会に使われる広場だけが轟轟と炎の明かりで照らされて


いた。木材を組んで巨大なたき火が行われていた。炎の中では破壊されたニンゲンヘイキが燃やされ


ている。


何人かの村人は炎の近くに集まっていた。家屋を破壊され行く所がないという事もあったが、


やはり炎の揺らめきというのは、人の心を落ち着かせてくれるものだ。


例えその火がニンゲンヘイキの油で燃えているものであったとしても・・・。

例えその火がニンゲンヘイキの油で燃えているものであったとしても・・・。




そこにタチカゼの姿もあった。彼は木のベンチに腰掛けフゥーと一息吐いた。


そこに娘と母の二人組が近付いてきた。




「あの・・・」




母親が話しかける。タチカゼは声のする方を振り向いた。




「あなた様がニンゲンヘイキを倒してくれたと聞きました、ありがとうございました。


よければこれを・・・。」




と、タチカゼに飲み物の入った木のカップを手渡した。




「これは?」


「この辺で採れるポポレミと呼ばれる実を絞って作ったジュースです、リラックスできる効果が


あるんですよ!」


「へー・・・うん、うまい!ありがとう。」


「良かった。ほら、キキも!」




母親の後ろでモジモジしていた少女はひょこっと顔を出し満面の笑みで


「あいがと!!!」と言った。


タチカゼも満面の笑みで手を振って返した。




俺はそのやり取りを見取った後、意を決してタチカゼに近付いた。


タチカゼが俺を見上げた。




「あ、君は・・・」


「あの・・・隣、いいっすか?」




タチカゼは自分の隣を手でトントンと叩いた。俺は隣に腰かけた。




「・・・ありがとうございました。あなたが来なかったらこの村は全滅していた。」


「ま、それが俺達の任務だからな。・・・けど数人死傷者を出しちまった・・・


だから威張れる事でも感謝される事でもねーよ。」


「それでも被害は最小限度で済んだ・・・自分が情けないです、自警団を名乗りながら・・・


俺にもあなたのような力と能力があれば・・・」




俺は悔しさで顔を歪ませる。




「俺の力・・・か。君は人間の細胞の分裂回数が決まってるって知ってる?」


「?いえ・・・?」




俺は何の話をしようとしているのか分からなかった。




「俺の再生能力はさ、人が一生かけて行う細胞分裂を『キューブシステム』の力で無理矢理行って普通の人間には出来ない再生までも可能にさせている。」


「キューブシステム?」


「キューブシステムってのは、俺の体中の何十億って細胞の一つ一つに『ナノキューブ』って立方体型のナノマシンが寄生してるんだ。そいつが俺達ニンゲンヘイキの素体の筋肉や細胞、脳にまで色々作用していろんな能力が使えるんだ。立方体だからキューブシステムって訳。」


「な、なるほど・・・うん?無理矢理細胞分裂を行っているって・・・その分裂できる限度を


超えたらどうなるんですか?」


「まぁ・・・死ぬなぁ。」


「は?ちょっと!?何簡単に言ってんすか!!?」




俺は堪らず立ち上がった。




「うお!?びっくりした!!どうした!?」


「だって死ぬんですよ!?それでいいんですか!?」


「うーん・・・いいか悪いかはわからねぇが、もう受け入れちまったからなぁ」


タチカゼはジュースを飲み干す。俺はまた、力無くタチカゼの横に座った。


「・・・俺、昔から口癖のように『ヒーローになる』って言ってたんすよ。」


「ハハ!そういうガキ臭ぇの好きだぜ、俺。」


「でも・・・もうダメです。死を身近に感じまったんです・・・そこからまったくニンゲンヘイキ


に立ち向かう気力がなくなった・・・もうニンゲンヘイキの前には俺は立てない・・・。」


「そうか・・・。」


「でも心のどっかで・・・何かが引っかかってるんです!今、剣を持つ手を放してはいけない


ような・・・。俺・・・どうしたらいいんすか?」




タチカゼは少しの間、何も答えなかった。パチッと火花が鳴った。




「・・・俺はさぁ、『人間』として生きていきたいんだ。どっからどう見てもニンゲンヘイキだけどな。だからどんな運命も受け入れられる。人間として生きるって事だけはぶれないからな!」




タチカゼは立ち上がりウーンと背伸びをした。




「逃げたければ逃げればいい、夢を追いかけたけりゃ追いかければいい!自由にすればいいさ。」




タチカゼは俺の胸の部分をコンッと軽く叩いた。




「君の答えは・・・ここが一番分かってる。だから自分に嘘だけは付くな!それでも迷うなら・・・」


「迷うなら?」


「お前の夢、一度俺に預けてくれないか?俺がヒーローになってイド帝国をぶっ潰してやるぜ!!」


「あ・・・」




俺は言葉が出なかった・・・。




「ま、じっくり考えるといいさ!さてと・・・」




タチカゼはそのまま荷物を背負った。




「もう行かれるんですか!?」


「ああ、任務の途中で抜けてきたからな。早く戻らないと・・・うちのグループは最強のお嬢がいるから急がないと・・・」




冗談なのか本気なのか、タチカゼは少し顔を青くしながら俺に手を振って村を後にした。




#####################




俺はタチカゼが去った後もたき火の前に座っていた。


そして自分の胸に手を当てる


「自分のここが答えは知っている・・・俺は・・・」




その時だった。組み木が崩れ、何か黒い影がたき火の中から飛び出て来た・・・肌が真っ黒に焦げ付いた2体のニンゲンヘイキだった。


俺の胸が急激に締め付けられる。息も苦しい。みんなと逃げるか!?


その時、ふと自分の胸に手を置いてみた・・・そうだよな、答えはもう出てたんだ。


それに・・・俺の夢はあの人に預けた!


ここには自警団員は俺しかいない!傍らに剣を置いていた自分に感謝した。


周りの村人に叫ぶ!!




「皆、逃げろ!自警団のメンバーを呼んで来てくれ!!」




俺はニンゲンヘイキ2体に向けて正眼の構えを取った。多分自警団のみんなが来るまでもたないかもしれないな・・・。それでも!!




「さあ、来いよ!黒焦げ野郎!!」




俺は大地を思いっきり蹴った。






今日は死ぬにはいい夜だ。

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