第3章 ー蒼の代償ー

タチカゼはナイフが右眼に刺さったまま、仰向けに倒れピクリとも動かない。


少女はその傍らに膝まずき、どうしていいかわからずオロオロしていた。


一方のオンジも次から次へと湧いてくるニンゲンヘイキに翻弄されていた。


残念ながらタチカゼの元に駆けつけている余裕はない。




「タチカゼ!クソッ!!次から次へと」




といいながら11体目のニンゲンヘイキの腹を拳に付けたガントレットが貫いていた。


明らかにオンジが俄然有利である、だが如何せん一人で対処できる数ではなかった。


腹を貫かれたニンゲンヘイキがその腕をがっしりと掴む。その隙に二体のニンゲンヘイキが


オンジの背後から忍び寄り、手足に絡みつく。




「クッ・・・こいつら!?」




とどめとばかりに前からガタイが大きめのニンゲンヘイキがタックルでオンジの腹に突っ込んだ。


筋肉の鎧を纏っているオンジでもたまらず




「グフッッッッ!!!」




思わず胃液を吐き出す。完全に身動きを封じられたオンジに向けて待っていたとばかりにニンゲンヘイキの二振りの刃が振り下ろされる。




「こい・・・つら、仲間ごと・・・切る気か!?」




その時、ダーン!ダーン!と二発の銃声が響いた。と同時に剣を振り下ろそうとしていた


ニンゲンヘイキの頭部に穴が開き、そのまま崩れ落ちた。


続けてまた二発の銃声!そのライフル弾はオンジの横をすり抜け、背後から手足に絡みついている


二体の頭を潰した。手足が自由になったオンジは目の前にいるニンゲンヘイキを腕で貫いてる一体


もろともラリアットのようにぶん投げた。バキバキバキと骨が粉々になる音が響き渡る。




「セツナ!助かった!!」




オンジが振り向いた方向には、倒れたタチカゼの傍らでセツナがライフル銃を構えて立っていた。




「オッサンごめん!遅くなった!」


「あのケガした街人は?」


「向こうに避難してる街人達に預けてきた!」


「そいつは良かった。」




セツナは徐ろ≪おもむろ≫に真上からタチカゼを見下ろすとガッと右眼に刺さったナイフの柄を


掴んだ。




「ひいっ!!」




と少女は声を上げた




「そんでお前はいつまで寝てんだああああああああああ!!」




セツナはその刺さったナイフを思いっきり引っこ抜いた。




「痛ってえええええええええええええええ!!!」




タチカゼはその痛みで飛び起きた。左眼からは鮮血が飛び散る・・・事はなく、その左眼から立方体の物体が幾重にも重なってポコポコと膨れ上がり瞬時に右眼を完全に修復した。




「痛えなぁ!!もっと起こし方ってもんが他にあるだろ!?」


「うるさいね!あんたの再生が遅いんだよ!!」


「無茶言うなよ!再生速度なんてコントロール出来る訳ねぇだろ!?」




少女はその会話を蚊帳の外で聞いていた。セツナがそれに気付き、少女に言った。




「という訳で、こいつ不死身だから気にしないで大丈夫!あっちにみんな避難してるから行きな。


一人で行ける?」少女は手をあたふたと振りながら、




「え・・・あ・・・は、はい!!」




少女は一目散にセツナの指差した方に駆けていった。


セツナはそれを見送ると、ライフルを背中に背負い、二丁拳銃に持ち替えた。




「あんた、死んでた時間分しっかり働きなよ!!」


「へいへい、オッサンにも迷惑掛けちまったしな!!」




言うが早いかセツナの拳銃とタチカゼのカタナはすでにニンゲンヘイキ一体づつ、銃弾で貫き斬り裂いていた。




####################




何時の間にか辺りは静まり返っていた。街のそこいら中にニンゲンヘイキや一般兵士の残骸が溢れている。


タチカゼは軍隊長の首元に切っ先を突き付けていた。




「さぁ、あんたで最後だ・・・。」


「ば、馬鹿な30体以上いたニンゲンヘイキが・・・ぜ、全滅などと・・・」




その時、軍隊長は彼らの眼の異変に気付いた。




「お、お前達!?蒼、緋、翠の瞳・・・ニンゲンヘイキではないか!?何故自我がある!?何故我らイドに歯向かうのだ!?」




軍隊長は矢継ぎ早に質問する。


タチカゼはハァーとため息をつき、




「・・・あんた、相当下っ端の隊長さんみたいだな。情報が行き届いてないなんて・・・俺達は『対ニンゲンヘイキ迎撃特務部隊』、通称『蒼の風』だ!!そういうニンゲンヘイキもこの世にはいるって事


だ、冥途の土産に覚えときな。」


「・・・なるほど、何の情報も下りてこない我々は、やはりただの捨て駒と言う訳か・・・」




軍隊長は観念したかのようにドカッとアグラをかいた。


タチカゼは首元に向けてた切っ先を下した。




「・・・俺は誰も殺したくない・・・ニンゲンヘイキも破壊したくねぇ。・・・今本部では、ニンゲンヘイキの自我を覚醒させる研究が日夜行われている。俺が今斬ってきたニンゲンヘイキの中にも覚醒者


が現れたかもしれない・・・。そしてあんたも・・・だが今ここであんたを逃がせば更なる報復が


この街を襲うだろう・・・だから俺は心を持って情を捨てた!もし俺が人間として死ねたなら・・・


また地獄で会おうぜ。」


「ふん、お前の選択は正しいよ・・・」




軍団長の言葉が聞こえたか聞こえなかったか・・・その刹那にタチカゼの横薙ぎが軍団長の首を空中へ


と舞い上がらせた。




チンッとタチカゼがカタナを納めると、わらわらと街人が瓦礫の影から集まって来た。


皆、救世主達に礼を言いに来たのかと思えば、どうやら違うようだ。


彼らはタチカゼと一定の距離を取り、3人を凝視していた。震えているものもいる。


だがこれは、タチカゼ達には見慣れた光景だった。




一人の老人がその集団の中から歩み出て、タチカゼ達に少し近づいた。




「私はこの街の町長をしているものです。この度は本当にありがとうございました、おかげ様で最小限の被害で済みました・・・しかし我々は途中からあなた方の戦いっぷりを見させていただいてた・・・あなた方がニンゲンヘイキだというのは本当なのですか?」


「・・・ああ、本当だ。」




タチカゼはやや間を置いてから答えた。




「・・・ならばそうそうにお引き取り願いたく存じます・・・この街を救っていただいたのに・・・


本当に申し訳ない!!」




町長はこれでもかというくらい深々と頭を下げた。


タチカゼはそれを数秒見た後、踵を返した。




「セツナ、オッサン、行くぞ。」




二人も何も言わずにタチカゼの後に続いた。


そこで「あっ!!!」と声を上げる者がいた、例の瓦礫に埋もれてた少女だ。


だがタチカゼはそれに何も反応することなく街の出口へと歩いていった。


少女は堪らなくなって母親の静止を振り切り飛び出した。




「これ、チコ!!!」




母親の呼び止める中、少女は懸命にタチカゼに追いつき何かを手に握らせた。




「えっ!?」




少女は満面笑みをタチカゼ達に向けると、街人の集団の中に戻っていった。




###################




「あーあ、まったく・・・たまには救世主様ありがとう!!っとかいって胴上げでもしてもらいたい


もんだね!町長以外、頭も下げやしない。」




ぶつくさとセツナは文句を垂れている、いつもの事だ。




「それも含めて、覚悟の上で『蒼の風』やってんだろう?」


「むぅぅぅぅ・・・」




そしてオンジがそれを宥める≪なだめる≫。これもいつもの事である。




「・・・いや、礼を言ってくれたのは町長だけじゃないみたいだ。」




と、手にもっている物を二人に見せた。


それは色とりどりの糸で織られた花形の織物だった。




「わ!キレイ!可愛い!!頂戴よ!!!」


「ダメだね、俺がもらったんだ!!」


「違いますぅー!絶対全員にくれたんですぅー!!!」




タチカゼとセツナの言い争いを聞きながら、やれやれという風にオンジはゴキッと首を回すのだった。

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