第参章 第伍節:新たなる事実
「舞姫よ、貴様がやったことがどれだけ愚行か……このワシの口から言わせなくても貴様自身がよく理解してるだろう」
「ん~……ごめんなさいウチにはさっぱりわからないですにゃあ。だってウチは正しいことをしてるとしか思ってませんからにぇ~」と、まるで反省した様子がない。
寧ろ人を小馬鹿にしているとすら捉えられる言動に、しかし六車次郎は至って冷静そのものである。
「――、“
「えぇっ!?」と、みことは激しく驚愕した。
「舞姫さんも、“
「――、こいつも村正さんと等しく“
「代償……」
この時みことは、舞姫が背負った代償ではなく力について不安を抱いた。
人でありながら怪異の力を、彼女は得た。過程はともかくとしてなんらかの力を得たのは確実であるし、その恐ろしさについてみことはよく知っている。
村正同様に、自我を保った人間……それが“
村正が刀に対する強い執着心があったように、舞姫の執着は一颯に向いている。ついさっきまでの彼女の言動から
舞姫は一颯の強い執着心でヒトとしての自我を保っている。みことはそう思った。
「……ウチのことを理解してくれるのはぁ、ウチと
「同じ……?」
「……ッ おい舞姫――」
「――、ねぇねぇイブキッチからもさぁ、その子にビシッと言ってよぉ。その子さえイブキッチから離れてくれたらさぁ、すべてがま~るく収まるんだけどにゃあ」
「……お前がそれを決める権限はない。とにかくお前の処遇は――」
「このワシが決める。まずはワシと共に本部へ変えるぞ」
「はいは~い」と、渋々といった様子の舞姫。
その去り際に「……
住宅街に流れた殺伐とした空気も少しずつ穏やかさを取り戻し、さっきまでなかった喧騒がみことの耳に届いた。
ようやく危機が去った。安堵した途端、みことは力なくぺたりと座り込んでしまう。
「お、おい。大丈夫か?」と、焦った
「私は大丈夫です……ただ、その……緊張の糸が切れたら身体に力が入らなくって……」
「無理もない。ある意味怪異よりも恐ろしい奴に襲われたんだからな。だけど、本当によく生き残ったな」
感心した面持ちの一颯に「えへへ……負けたくなかったから」と、みことは照れ臭そうに小さく笑った。
彼女自身も、あれほどの怪物からよくぞ生存できたと未だ驚愕の渦中にある。
殺されてもおかしくはなかった。
寧ろ、殺されるのは必然とさえも思っていた。
「でも……あの人にも執着するものがあるみたいに、私にだって譲れないものがあるんです。だから……負けられませんよ」と、みことはニッと笑った。
「……そう言えばお前、あの舞姫に一太刀浴びせたのか?」
「え……?」
「あいつの右頬、小さかったけどあれは刀傷だった。お前、やったんだろ?」
「は、はい……」と、そう答えたみことの顔は不安気である。
一颯と舞姫の間には何かしらの因縁が渦巻いている。
それでも、かつてのバディーとだけあって彼なりに想うところがあるに違いない。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」と、そう口にした一颯は不可思議そうな顔をしている。
「だって、その……私、あの人の顔に傷をつけちゃったし……」
「いいんだよ。それに今回の出来事はどこからどう見たって、お前が100%被害者なんだ。だから気にすることはない。でも、よくもまぁあいつから一太刀浴びせたもんだ」
一颯は終始、みことのことを称賛した。
「――、さてと。このままお前を家に帰すわけにもいかないな……」
一颯の言葉にみことは力なく笑った。
舞姫との戦闘によって彼女は、ほんの数分前まで死の瀬戸際にあった。
今は傷もすっかり完治したが、全身にずしりと重く伸し掛かった疲労まではどうにもならない。
強い倦怠感と、疲労から生ずる睡魔にみことはこくこくと船を漕ぎ始める始末である。
一颯が指摘するように、現状のみことに自宅に帰るだけの余力はもうないに等しかった。
ほんの少しでも気を緩めれば、今すぐにでも深い眠りに就ける。みことには、そんな誰にも自慢できない自信があった。
「……みこと、今日だけは特別だ。俺の家に泊りに来るか?」
「そうします……」
みことも素直に、一颯からの提案を承諾した。
仮に自宅まで送ってもらうにせよ、みことの衣装はさっきの戦闘でボロボロの状態だ。
もしも彼女の両親が見やれば、この場合一颯が悪者になってしまう可能性が極めて高い。
むろんみこと自身が事情を説明すれば事なきを得よう、ただしそうなると今後親友の捜索に著しい悪影響が出ないとも限らない。
みことはポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリにて『今日友達の家に泊る』と素早く記入した。送信先は言わずもがな、彼女の母親である。
「これで大丈夫です……というわけで一颯さん、お世話になってもいいですか?」
「仕方ないな。とりあえずタクシーを呼んで帰るか。後、俺のこれ羽織っとけ」
一颯より渡されたスーツに包まりながら、そこでみことは意識を睡魔へと委ねた。
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