第参章:非日常への覚悟
第参章 第壱節:招かれざる客
ニュースは相変わらず、同じことばかりの繰り返しでいい加減飽きを憶えてしまう。
本日も新たに【現代の神隠し事件】による犠牲者が出た。
一向に解決の目途が立たない現状に、警察への世間の風当たりは極めて強い。
遺族からすれば怠慢であるとさえ、そう思っても致し方ないだろう。
雲一つない快晴を見やり「いい天気なのに世間は相変わらず暗いな……」と、一颯はコーヒーを口にした。
程なくして玄関の方から、ドンドンと激しいノック音が反響する。何故インターホンを使わないのか、一颯の顔に若干の不機嫌さが滲む。
「――、おはようございます一颯さん!」と、みこと。
「あぁ、おはようみこと……」と、挨拶を返す一颯だが彼の
「……お前さ、なんでインターホンがあるのに使わないんだよ。まずそっちを鳴らせよ近所迷惑だろうが!」
「いやぁ、なんだか昨日のことがあってから妙に気合が入っちゃって、つい……」
「……はぁ、もういい。それよりも今日の方針についてだが――」
「ちょっと待ってください一颯さん!」と、みことが突然言葉を遮った。
「どうした?」
一颯はみことに尋ねて――ごくりっ、と一際大きな嚥下音に思わず呆れてしまった。いつになく真剣な顔をしたみことの視線は、ずっと一颯が手にしたサンドイッチに固定されている。
朝早くから、なんとなく食べたくなったという理由だけで作った卵サンドイッチを、みことは凝視していたのだった。
「……朝飯食ってきてないのか?」
一颯がそう尋ねるとみことははにかんだ。
「いやぁ、ちゃんと食べてきたんですけど一颯さんの家で食べた朝ごはんが思いの他おいしかったので、今日もご馳走してもらえたら嬉しいなぁって思って、つい……」
「食べる量を少なくしてきた、と……」
「えへへ……その、朝ごはん食べてもいいですか?」
みことからの要求に、一颯は大きな溜息を盛大にもらした。
作り置きのサンドイッチを、心底おいしそうにもふもふと食すみことの姿は、一颯になんだか小動物のような愛くるしさを憶えさせる。
普通の卵サンドイッチはあくまで自己の欲求を満たすためだけで、だがこうもおいしく食されれば悪い気はしなかった。
「一颯さんってサンドイッチなんて、オシャレなご飯作るんですね」
「今回はたまたまだ。毎日やってるわけじゃないぞ」
「そうなんですね。じゃあ次の朝食も楽しみにしてもいいですか?」
「ちょっと待て。お前また食いにくるつもりか?」
「駄目ですか?」
「逆に何故いけると思った?」と、一颯はほとほと呆れた。
みことの来訪からそう時間を置かずして、ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。
今日は珍しいな……。一颯は玄関の方へと向かって、その目を丸く見開いた。
覗き穴の向こう――
とにもかくにも、彼女の来訪については予想外と言う他ない。
舞姫とは同僚ではあるが、一颯は一度として自宅に招いたことはないし、それ以前に住所すら教えていない。
例え身内だろうと個人情報の流用および流出を、一颯は何よりも恐れた。
その恐れがとうとう、現実のものと化してしまった。
よりにもよって何故こいつが……!? 一颯は激しく狼狽しながら、覗き穴から目が離せずにいた。
幸い、しっかりと施錠をしているが、舞姫相手となるとそれも実に頼りなくなる。
「一颯さんどうしたんですか?」と、何も知らないみことがひょこひょことやってきた。
次の瞬間、確かにしっかりとしていた施錠が、がちゃり、という音と共に解錠されたのを一颯はしかとその目に捉えた。
鍵の所有者は言うまでもなく彼だから「なんだと!?」と、一颯は酷く動揺するのは無理もない話である。
「――、おはようイブキッチぃ。今日もいい天気だねぇ」
「……こんな朝早くに何しにきたんだ?」
家主の許可もなく入室した舞姫に、一颯は訝し気に見やる。
これで招かれる客人であれば一颯もそれ相応の振る舞いをしようが、生憎と彼女は招かれざる客である。であれば当然もてなす必要は皆無であるし、一颯の言動が刺々しいのも仕方のないことだった。
「舞姫、お前何で俺の家を知ってるんだ? 後その鍵、どうした? 俺はお前に合鍵を渡した憶えなんかはないぞ?」
「作ったんだにゃあ」と、あっけらかんと答える舞姫。
「作った……? いったいいつ……!」
舞姫を問い質す一颯の心情は、お世辞にも穏やかとは言い難い。
本人でさえも知らぬ間に鍵を複製されれば、一颯でなくとも彼と同様の反応を示そう。
みことも彼女の異常性に「ちょっとヤバくないですか……?」と、あからさまに舞姫に強い警戒心を抱いている。
「そんなの、ずっと前からに決まってるにゃん~。だってイブキッチとウチは今も昔もバディーなんだからさぁ」
「バディーだからってやっていいこと悪いことがあるだろ。ふざけるな今すぐそれをこっちに寄越せ!」
「そんなことよりもさぁ。ウチは今日ね、そっちの子に用があってきたんだぁ」
思わぬ発言に当の本人よりも、一颯の方が「何……!?」と、驚いた。
舞姫とみこと、両者の間に接点はたった一度っきり。その記念すべき初回でさえも、満足に会話したことさえもない。
「わ、私に何か御用でしょうか……?」
「ちょっとさぁ、ウチと付き合ってくれないかなぁ」
「おい舞姫、お前いったい何を考えて――」
「――、イブキッチはさぁ……ちょっとだけ待っててくれない?」
舞姫の一言に、一颯は全身の肌がぞくりと粟立つのを感じた。
舞姫の顔は依然とニタニタと笑っている。ただし瞳は氷のように冷たく鋭い。
一颯はその目をよく知っている。怪異を殺す時、一切の慈悲も容赦もない、殺戮者としての眼差しだ。
あろうことか一般人に対して殺意を隠そうともしない舞姫に「いい加減にしろ舞姫!」と、一颯は彼女を強く咎めた。
「ここは俺の家だ。俺の目が黒い内は好き勝手にすることは許さないぞ」
「……どうしてさぁ、イブキッチはその子を庇うのさぁ」
「こいつは……訳あって今は行動を一緒にしている。最初こそ俺も単なるお荷物にしか思ってなかったが……」
「ちょっと!」と、途中でみことから恨めしそうに睨まれる。
「だが」と、一颯は前置きをしてから言葉を紡いだ。
「こいつの考察力は大したものだ。実際、焼死体事件解決も、こいつがいたおかげで解決に至ったと言ってもいい」
一颯はみことについて褒めた。
「じゃあイブキッチは、この子を本格的にバディーにするつもりなの?」
「それは……」
舞姫からの問い掛けに、一颯は言葉を濁らせた。
一颯としては、今からでも彼女には本来の生活スタイルに戻るべきだと考えている。
先も言ったように事件解決に貢献したのはお手柄だが、この界隈に長く関わるべき人材ではない。しかしいくら彼女を論じようとしても、親友を探すと言う強い信念を持つみことをどうにかできるとも、一颯はもう思っていない。
目を離して危険な行動をされるぐらいならば、手元に置いておいた方がずっといい。
この時、一颯には【
個人よりも組織の方が断然、安全なのは言うまでもない。
一颯があえてそれをしなかったのは、一颯自身が【
みことは、さすがに任せておけない。
「――、とにかく。お前が何をしようとしているのかは知らないが、こいつに絡むのはやめてもらおうか」
「……ふ~ん。まぁいいや。それじゃあウチは今日はもう帰るねん~」
玄関の方へと向かって不意に「あ、そうそう」と、舞姫は首だけを返した。
「細川みことちゃん、だっけ?」
「な、なんですか……?」
「……
そう言い残して、今度こそ舞姫は出ていった。
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