第壱章 第弐節:ピクニック気分
細川みことは、今年で16歳になったばかりだという。
一颯とは6歳程度の歳の差しかなくて、事情を知らない者が二人を見やれば兄妹と誤認する可能性もなくはない。
だが、所詮は大人と子供にすぎない。
子供を自分の仕事に関わらせることを、一颯は極端に嫌った。
一颯は一応、この組織の末端として所属している。
その名が示すとおり、怪異に対する事件を解決するのが主な役割であるが、一颯には差して国のため民草のためと、いわゆる正義について特に
ただ給料がいいから、待遇がいいから。理由としては不謹慎極まりないが、徹底して
「――、あのなぁ、みことよ。お前散々怖い目に遭ったの、まさかもう忘れたってわけじゃないよな? なんでわざわざ危険に飛び込もうとするんだよバカ」
「た、確かに今もちょっとだけ怖いけど……だけど、美香子が行方不明になってるんです! 大切な親友だから……私が助けたいんです!」
「助けたいって気持ちはわかってるよ。でもお前自身がその役目を担う必要はないだろうって言ってるんだよ俺は」
「それでも! わがままなのはわかってる……だけど、こればっかりは譲れないの!」
「…………」
みことのまっすぐな視線を、一颯は逸らすことなく見返した。
「そ、それに私、これでも実は実家が剣術道場をやってるんですよ? 一子相伝ってことで門下生は一人もいないんだけど……」
「……とにかく、駄目なものは駄目だ。俺はそう言うの一切対応してないから。というわけでそろそろ帰れ、てか学校に行けよ」
「今日はもう休むって言ったから問題ありません」
「……お前さ、よくそんなんであの有名なお嬢様学校に入れたよな?」
すこぶる本気で一颯はそう言った。
みことのような性格の女子高生はいない――これは、単純に偏見だ。
しかし一颯としては、もっと御淑やかで物静かな女子というイメージが色濃くある。
それだけに、細川みことという存在は完全にイレギュラーとして彼の目には映った。
「これでも成績はいいんですよ? それに生徒会副会長ですし」
「副会長がズル休みなんかしていいのかよ……」
「これぞ、人望ってやつですよ」
けらけらと笑うみことを、一颯は訝し気に見やった。
とりあえず、無視して仕事でもするか……。一颯は作業部屋へと向かった。当たり前のように後ろからは、みことがせっせと追いかけてくる。
「今から怪異の調査ですか!?」と、すっかり助手を気取るみことの目は、まるで童のようにきらきらと輝いていた。
「まぁな。お前も知ってのとおり、現在起きている【現代の神隠し事件】についてだよ」
一颯はモニターに映る資料をみことに見せる。
一般人への情報開示は原則、秘密保持の契約によって違反行為に該当する。
これを違反した者は懲戒免職、最悪のパターンともなると打ち首という可能性も無きにしも非ず。
そうとわかっていて彼女に情報を開示したのは、そこまで重要と言える資料ではないから。もちろん一颯の勝手な独自の判断にすぎず、バレればただでは済まない。
下手に拒んで無理矢理見られるよりかはずっとマシだ……。一颯はそう思った。
「これって……もしかして、行方不明になった人達のリストですか?」
「察しがいいな。そのとおりだ、ここには行方不明……つまり【現代の神隠し事件】に関連性が強いと思われる被害者の詳細が記載されている」
「おぉ……なんだかすごく興奮しますね!」
「いや、遊びじゃないんだぞ……お前やっぱり何もわかってないな」
「わ、わかってますってば!」と、みことは慌てふためいた様子で答えた。
「とは言っても、今こうして見返してみてもやっぱり関連性がないっていうか……」
「と、言うと?」
「お前もなんとなくわかるだろう? ここにあるリストの被害者だが、彼らの接点があんまりにもなさすぎる」
年齢から性別、前後にある人間関係においてもなんの繋がりもない。
個人情報からも特に気になる点は一切なし。となると警察でもお手上げ状態であるのに、専門とする一颯が解決できるはずもなし。
とにもかくにも、しらみつぶしに怪異の対応するしかないのか? しかしこれは後手に回ることも意味していて、犠牲者の増加を止める算段にならないことを、一颯は痛感していた。
「とりあえず、今日も町をパトロールするしかないな」
「おぉ、なんだかかっこいいです!」
「お前な……これは遊びじゃないんだぞ?」
「わかってますよ!」
「はぁ……とりあえずさっそく動くとするか」
「はいっ! 時は金なりって言いますもんね!」
「…………」
まるで今からピクニックにでも出かける気分のみことに、一颯は今日一番の溜息をもらした。
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