イレイザー(11)

 浅井啓一。彼は組合ギルド創設メンバーのひとりであった。

 小津明彦とは大学時代からの友人であり、共に異能力についての研究を重ね、組合ギルドの創設に立ち会っていた。

 浅井は能力者であったが、組合ギルド内で彼の能力を知るのは小津ただ一人であった。


 組合ギルドは、四人の能力者によって生み出された組織である。

 小津明彦、浅井啓一、黒部康人、澤井あすか。

 この四人によって、異能力者たちの社会的地位を確立させるための組織である組合ギルドは誕生したのだ。


 最初、組合ギルドの拠点は小津の生まれ故郷であるN県に置かれた。ただ、ほとんどの活動は東京で行われており、組合ギルドの拠点というのは名ばかりであった。

 しかし、東京の組合ギルドの施設に、警視庁公安部が家宅捜索に入るという事件が発生した。それは組合ギルドのメンバーが、とある過激派思想集団のサロンに出入りしているという情報が入ったためだった。

 組合ギルド側は、警察の家宅捜索に反発し、妨害した。その結果、公安部だけではなく警備部の機動隊が出動する騒ぎとなった。

 組合ギルドの幹部たちは警察から目をつけられ、公安部の監視リストに名前が載るようになってしまった。そして、組合ギルドは、反社会的勢力とは距離を置くと宣言をし、再びN県へと戻ってきたのだった。


 N県に戻ってきてから組合ギルドはN県警とうまくやっており、お互いが持ちつ持たれつの関係を築いてきた。それは小津明彦という人格者がいたからということもあっただろう。組合ギルドは小津明彦がいたからこそ、うまく社会に順応できていたといっても過言ではなかった。


 その証拠に、小津明彦の死後、組合ギルドとN県警の関係は悪化していく。組合ギルドは自分たちの立場を保つために、N県議会に金をバラまいたり、その特殊な能力で脅しを掛けたりして、何とか組合ギルドの存在意義というものをキープしようとしていた。

 そして、反組合ギルドという立場を表明したN県警刑事部長であった妻夫木警視正へと牙を剥いたのだった。


「浅井さんは、父の友人だったようです」

 小津歩は写真の中にいる記憶を無くした男の顔を指さしながら久我に言った。


「キミは浅井さんとは会ったことは無かったのか?」

「はい。ぼくは浅井さんのことは知りませんでした」

「そうか……」

 記憶を無くした男が、浅井啓一であるということがわかっただけでも、大きな収穫だった。しかも、浅井啓一は組合ギルドの創設者のひとりである。こんな重要人物が突然我々の目の前に姿を現したというのは、偶然ではないのだろう。


「浅井さんの連絡先とかはわかるか?」

「ぼくはわからないです。姉だったら知っていたかもしれませんが……」

 小津はそう言って、俯いた。


 小津の姉である、小津いろはは組合ギルドの幹部であったが、組合ギルドにいいように使われて死亡した。焔の女。久我は彼女のことをそう呼んでおり、一度だけ残留思念の中で彼女と会っている。あの時は、まさか彼女が小津の姉だとは知る由もなかった。


組合ギルドに聞けば、教えてもらえるんじゃないでしょうか?」

 いままでずっと黙って話を聞いていた姫野が口を開いた。


組合ギルドか……」

「ぼくが連絡をしてみましょうか?」

「いや、キミを巻き込むわけにはいかない」

「もう十分に巻き込まれていますよ。それに、これはぼくの父親が関係していることかもしれませんし」

 小津はそういうと、意志の強そうな目で久我のことをじっと見つめた。


「わかったよ。だけれども、ここは私が組合ギルドと話をする。元をただせば、片倉を巻き込んでしまったのも、私なんだ。だから、私にやらせてくれ」

「でも、久我さんが全部ひとりで抱え込むようなことはしないでください。わたしたちがいるってことを忘れないでください」

 姫野がいう。その瞳には、あふれ出しそうなほどに涙が溜まっていた。


「キミもそれでいいかな」

「はい」

 小津は久我の言葉に頷いて見せた。

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