イレイザー(7)
現場は騒然としていた。
タクシーが病院へ近づいていくと、複数台のパトカーが赤色回転灯を点けたままで停車しているのが見える。
久我は病院の手前でタクシーを降りると、規制線のところに立っている若い警察官に身分証を提示して中に入った。
病院の敷地内には大勢の警察官、救急隊員たちの姿があった。
久我は姫野の姿を捜しながら病院の敷地内を歩いた。
「久我さん、こっちです」
先に見つけたのは姫野の方だった。身長の高い久我は、すぐに見つかるのだ。
姫野の立っている場所の後ろにはブルーシートが張られており、シートの隙間からは作業服を着た鑑識の人間たちの姿が見えた。
「間違いないのか」
久我の問いに姫野は無言でうなずく。目は充血しており、唇はかすかに震えていた。
第一発見者は病院関係者だった。ドスンという鈍く大きな音を聞き、外に出たところ片倉が倒れていたそうだ。
即死だった。首の骨が折れており、顔は半分が潰れてしまっていた。
駆け付けた医師によって、その場で脈が無いことが確認され、現場保持のために片倉はそのままにされた。
鑑識たちが作業を終えるのを見届けてから、久我と姫野はブルーシートの内側へと入った。地面には生々しい血の跡と片倉が落ちた時にできたと思われる凹みが残されていた。
久我はストレッチャーの上に乗せられ、シートを掛けられている片倉のもとへと近づいていった。
シートを捲ろうと手を伸ばした時、その手が震えていることに久我は気づいた。
それに気づいた姫野が、そっと久我の手に自分の手を添える。
深呼吸をし、震えが止まったことを確認すると、久我はシートを捲った。
そこには血にまみれた片倉の姿があった。話に聞いていたように、顔の半分は落ちた時の衝撃で潰れてしまっていた。それでも、この死体が片倉であるということが久我と姫野にはわかった。
念のため、右腕も確認をする。やはり、手首から先は存在していなかった。
間違いなく片倉だった。
急に現実が襲い掛かってくる。
久我の足は小刻みに震え、自分ではどうすることも出来なくなっていた。
しばらく、久我と姫野はその場に佇んでいた。
しかし、現場の撤去の都合もあり、いつまでもここで片倉の死体を見ているわけにもいかなかった。現場を管轄するS署の署員たちがやってきて、テキパキと仕事をこなしていく。
その姿を見ることで、久我も姫野も我に返ることが出来た。
現場近くに停めてある姫野の乗ってきた捜査車両の中で、久我と姫野は状況をまとめるために頭の中にある情報を整理することにした。
最大のポイントとなるのは、なぜ片倉が病院の屋上から飛び降りなければならなかったのかということである。
片倉は久我からの仕事を請け負って、病院を訪れていた。
記憶をなくした男の調査。それが片倉が請け負った仕事であった。
片倉は記憶をなくした男から話を聞くために、病室を訪れていた。そのことについては、S署の刑事が証言している。
記憶をなくした男と話をしていた片倉は、S署の刑事に姫野に電話をしてほしいと告げた。S署の刑事は、電話を掛けるために病室から出ていった。それがS署の刑事が片倉を見た最後だった。
電話は確かに姫野宛てでN県警刑事部へと掛かってきていた。しかし、その時、姫野は別件でN県警警察本部を離れていたので、電話に出ることはできなかった。
電話を終えてS署の刑事が戻ってきた時には、すでに片倉の姿はなかったという。
病院内に設置されている防犯カメラなどで片倉の足取りを追おうとしたが、片倉の姿はどのカメラにも収められてはいなかった。
最後に片倉の姿が映されているのは、記憶をなくした男の病室へと向かうナースセンターの前だった。屋上に向かうには、このナースセンターの前を通過しなければならないのだが、ナースセンターにいた病院の関係者たちは片倉の姿を見た記憶はないと証言した。
最後に片倉と話をしていたであろう、記憶をなくした男は病室で片倉と話をして、その後で片倉はちょっと席を外すといって病室を出ていったと証言している。
その後、片倉の姿を見た人間はひとりもいない。
鑑識から許可を得て、久我は片倉の着ていたジャケットの胸ポケットに入っていた壊れたサングラスを持ってきていた。
もしかしたら、何かしらの情報がこのサングラスに宿っているかもしれない。
そう期待して持ってきたのだった。
久我は捜査車両の助手席で呼吸を整えると、サングラスから残留思念を読み取ろうとした。
やってくるのは闇だった。どこまでも続く闇。あの時と同じだ。記憶をなくした男の腕時計の残留思念を読み取った時と同じ。ここには思念は残されてはいない。モノの記憶が無いのだ。
誰かが、故意に残留思念を消している。
それは片倉が、記憶にまつわる能力者によって殺されたということを意味していた。
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