イレイザー(2)

 N県警警察本部の建物と道路を挟んだ向かい側にある喫茶店に、久我総の姿はあった。

 テーブルを挟んだ向かい側にはサングラスを掛けた片倉の姿があるが、どこか落ち着かない様子である。


「なあ、なんでこの店なんだ」


 声を潜めて片倉が言う。

 片倉がサングラスを掛けた理由。それは、昔の同僚と顔を合わせたくなかったからだった。片倉は一応、N県警を辞職したという扱いにはなっているが、1000万円の捜査費を横領していたという話は、警察本部内では誰もが知る話だった。


「いらっしゃいませ」


 入り口横にあるレジカウンターにいる女性店員が声を掛けるたびに、片倉は知り合いが来たのではないかと怯えながら首をすくめる。

 そんな片倉の気持ちなど知らず、久我はメニューをじっと見つめていた。


「決まったのか、片倉」

「何がだ?」

「決まっているだろ、注文だ。喫茶店に入ったのに、お冷だけで済まそうなんて考えているのか、お前は」


 片倉は呆れて何も言い返す気にもならなかった。この男は、どこかネジが一本抜けている。異能って連中は、皆そうなのかもしれない。その代わりに特殊な力を手に入れたのだ。そうだ、そうに違いない。片倉は自分を納得させると、コップを手に取り水をひと口飲んだ。


「仕事をしに来たんだよな、久我」

「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、好き好んで片倉なんかと喫茶店に来るわけがないだろ」

「じゃあ、仕事をしようじゃないか」

「しているだろ。いちいち、うるさいやつだな。こうやって喫茶店にいる間も、お前の日給には反映されているよ」


 メニューから目を上げずに久我は片倉に言い「どっちにしようかな」と独り言を呟いた。

 この男はどこまで本気なのだろうか。久我という男を見ていると、心配になることがある。だが、仕事が出来ることだけは確かだ。今までも解決不可能といわれた事件をいくつも解決してきたという実績があるし、雲隠れしていたはずの自分にたどり着いたのも、この久我だけだった。N県警刑事部の人間でさえ、足取りを追えなかったのに、この久我という男はいとも簡単に自分の居場所を見つけたのだ。それが異能のお陰だとしても、凄いことである。だから、言動や行動が多少おかしくても、片倉は久我のことを信じるようにしていた。


「すいません」

 久我が手を上げて店員を呼ぶ。


「決まったのか、片倉」

「いや、まだだが……」

「もう、呼んじゃったからな」


 久我はそう言うと、メニューを片倉の方へと向けた。

 本当に久我という男が何を考えているのか、片倉にはわからなかった。


「フルーツパフェと白玉ぜんざい、あとミルクセーキ……」


 そこまで言うと、久我はお前の番だぞと言わんばかりにじっと片倉のことを見つめた。

 片倉はその視線に、軽く舌打ちをするとホットコーヒーをブラックで注文する。


「いいのか、フルーツパフェを食べなくて」

「別に甘いものは欲していない」

「ここのフルーツパフェは、星5つを取得しているんだぞ」

「何の話だ」

「知らないのか、スイーツログだよ」

「はあ?」


 片倉の反応に久我はため息をつくと、自分のスマートフォンの画面を見せてきた。

 そこにはN県内の喫茶店の情報などが集められているサイトが表示されていた。


「だから、なんだ?」

「この店に来てフルーツパフェを食べないなんて、人生を損しているぞ、片倉」

「そうか。俺はコーヒーだけで十分だ」

「つまらない男だな」


 久我はそう言うと、興味を失ったかのようにスマートフォンの画面を消した。

 しばらくして運ばれてきたフルーツパフェは想像以上の豪華さであった。

 メロン、りんご、バナナ、オレンジといった果物がこれでもかと言わんばかりに盛り付けられており、そこにバニラアイスやチョコレートなどが乗せられている。

 これには、甘味かんみに興味のない片倉も驚かされた。


「な、すごいだろ」


 久我は片倉に自慢気に言い「お前にはひと口もやらんからな」と宣言してから、スプーンを使ってフルーツパフェを食べはじめた。

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