メッセージ(4)

 観音開きのドアを開けると、そこは大広間のような場所だった。何も家具などが置かれていないためガランとしているという印象がある。


「ここが組合ギルドの本拠地だった場所だ」

「そうなんですね……」

「もう10年以上前の話だけどな」

「久我さんは、以前、ここに?」

「来たことがあるよ。父親に連れてこられたんだ。あの長い山道を登ってきた時は、車に酔ってしまったな」


 遠い目をしながら、久我が言う。

 過去にN県に来たことがある。そう久我は言っていた。それは、この場所に来たことがあるということだったのだ。


「久我さんのお父さんも、能力者だったんですか」

「いや。異能は遺伝するものじゃない」

「じゃあ、小津さんは?」

「あの家系は特別だ。小津明彦さんとその娘のいろはだけは……」

「弟のあゆむさんは?」

「あいつは、まだ覚醒していない……はずだ」


 小津あゆむ。喫茶店OZの店長である。彼が異能者であるかどうかは、久我にもわからないことだった。いまのところ、その片鱗を久我の前では見せてはいない。だが、小津家の血がどこかで覚醒する可能性はある。組合ギルドの連中も、あゆむに関しては見守るという立場を崩していないようだが、あゆむが覚醒すれば、組合ギルド内のパワーバランスが崩れる可能性が高いだろう。組合ギルド幹部の誰があゆむと手を結ぶのか。それによって組合ギルドの未来は変わっていくだろう。それだけ、小津家の力というのは、組合ギルド内でも強いのだ。


「特別な力があったらあってで大変なんですね」

組合ギルドなんて連中とつるまなければいいだけさ」

「それは久我さんには警察庁という後ろ盾があるから、言えることじゃないですか」

「なかなか鋭いところを突いてくるな。確かにそうかもしれない」


 久我はそこまで言うと話を切り上げ、次の部屋へと続く扉を開けた。

 そこは控室のような小さな部屋だった。その部屋の隅に地下へと降りていく階段が存在している。

 迷うことなく久我はその地下へと降りていく階段へと足を向けた。


「久我さん、組合ギルドというのは、能力者たちを守るための組織なんですよね」

「ああ。元々はそういう思想で小津明彦氏によって作られたものだった」

「過去形なんですね」

「そうだな。いまは幹部連中の私利私欲を満たすための組織と化している。彼女は、そんな組織に嫌気がさし、内部から崩壊させようと考えていた」


 階段を降りると、そこには一階と同じような広間が存在した。


「だが、彼女はそれに失敗した。結局は組織にいいように使われて、最終的には裏切り者として処理されたんだ」


 どんな顔をして語っているのだろう。気になった姫野はちらりと久我の顔を見たが、久我は無表情のままだった。


「あった」


 久我は立ち止まると、部屋の隅に置かれていたクマのぬいぐるみを手に取った。


「それが、小津いろはが久我さんに託したものなんですか」

「ああ」


 久我は目を閉じると、そのクマのぬいぐるみの頭をそっと手で撫でた。


 闇がやってきた。

 しばらくすると、少し離れた場所に小さな明かりが見える。

 その明かりに近づいていくと、景色が変わっていくのがわかった。


 女がクマのぬいぐるみに語り掛けていた。

 その女は、小津いろはだった。

 小津いろはと会ったことはあったが、それは子どもの頃のことである。

 幼少期の面影があるといえばあったが、それだけで彼女であるということに気づくのは無理があった。

 ほむらの女としての彼女とは、N県警刑事部長であった妻夫木の自宅跡地で会っていた。

 妻夫木の残留思念の中にいた彼女は、久我に罠まで仕掛けていたのである。

 いま思えば、あの時の罠は久我に対してではなく、組織の人間に対しての罠だったのかもしれない。

 小津いろはは、妻夫木の時のような恐ろしい顔ではなく、穏やかな表情で語り掛けてくる。


「あなたが、この残留思念を見ているということは、わたしはすでに何らかの理由でこの世から消え去った後だということなのでしょうね……」


 クマのぬいぐるみを膝の上に抱きながら、小津いろはは語り続ける。

 久我はじっと彼女の言葉に耳を傾けていた。


 しばらくして、久我が閉じていた目を開けた。

 そして、少しよろめく。


「大丈夫ですか、久我さん」

「ああ、大丈夫だ」


 言葉では大丈夫と言っているが、久我の顔は青ざめており、どこか辛そうだった。


「少し休みましょう」


 姫野はそう言って、久我を椅子に座らせる。

 残留思念で久我は何を見たのだろうか。

 かなりの疲労感があるようで、どこか心配だった。


「やはり小津家は、とんでもない一族だ」


 久我は呟くようにいうと、小さくため息をついた。

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