メッセージ(3)

 洋館の中は若干ホコリ臭さがあったものの、綺麗な状態が保たれていた。


「久我さん、本当に勝手に入っちゃって大丈夫なんですか」

「別に問題はないだろう」

「どうしてです?」

「持ち主は、もう死んでいる」

「え? でも、令状なしに勝手に入るのは後々問題になりますよ」

「言ってなかったか?」

「え?」

「令状はすでに取ってある」


 久我そう言うと、ポケットから折りたたまれた紙を取り出してみせた。


「……聞いていませんけど」

「そうか。すまん」


 全然悪びれた様子もなく久我はいう。

 本当に何なの、この男。姫野は内心の怒りを表情に出したが、久我はまったく意に介さずといった顔をしていた。


「小津いろは」

「え?」

「この洋館の持ち主だ」


 小津いろは。彼女は組合ギルドの創設者のひとりである小津明彦の娘であり、一時は組合ギルドの実質的な支配者であったこともある人物だった。別名、ほむらの女。彼女は連続人体発火事件の重要参考人として久我にマークされていたが、捜査の手が届く前に謎の死を遂げていた。


「彼女から手紙が来ていたんだ」

「え?」


 久我が小津いろはと知り合いだったということは、姫野にとって初耳のことだった。


「東京に久しぶりに帰ったら、ポストに届いていた」


 そういって、今度は一枚の封筒をポケットから取り出した。

 その封筒はシーリングされた後が残っており、鳥のマークがスタンプされていた。

 妙なスタンプ。姫野がじっとそのシーリングを見ていることに気づいた久我は、口を開いた。


「八咫烏は、組合ギルドの紋章さ。そして、小津家の家紋でもある」


 封筒には切手が貼られており、消印には久我がN県警で仕事をしていた頃の日付が押されていた。この手紙は東京に帰らなかった久我の目には触れること無く、ずっとポストの中で眠っていたのだ。


「中を見てもいいんですか」

「ああ。そのために、姫野さんに渡したんだ」

「じゃあ」


 姫野はそっと封筒を開けて、中にはいっていた便箋を読み始めた。

 便箋には、女性らしい細く綺麗な文字で文章が書かれていた。

 息をするのも忘れるくらいに、姫野はじっとその文章を読んだ。

 そして、読み終わると同時に息を大きく吸い込んでから言葉を発した。


「久我さん、これって……」

「ああ」


 久我はそれしか答えなかった。

 手紙の内容。それは組合ギルド幹部たちによる私利私欲の暴走の告発が書かれていた。そして、いずれ自分は殺されるかもしれないということも。

 きっと、彼女は久我のことを信頼していたのだろう。

 だからこそ、この手紙を書いた。

 そして、久我に助けを求めた。


 まさか、この手紙が久我に読まれることはないということも知らずに。


 もし、久我がまだ東京にいて、この手紙を受け取っていたら事態は変わっていたかもしれない。だが、それは『if』の話であり、そうにはならなかったことである。


「彼女は私が殺したようなものだよ」


 久我はぼそりと呟くようにいった。

 その言葉に姫野は何も返すことはできなかった。

 ここで「そんなことはない」と否定する資格を自分は持ち合わせてはいないと、姫野は思ったからだ。


 久我と小津いろは。ふたりがどんな関係にあったのかは、この手紙から窺い知ることはできない。ただ、小津いろはが久我のことを信頼していたということ以外は。


組合ギルドってところは腐っている。昔も、今もな。だが、N県警は組合ギルドを潰さず、互いに利用することと決めた。だから、彼女が邪魔になった。どちらにせよ、こんな手紙を送ってきても、彼女が人を焼き殺していることには変わりはないし、その罪からは免れることはない」


 吐き捨てるように久我は言うと、姫野から返された封筒をコートのポケットへと戻した。


「それで、その手紙とここに来た理由の関連は何なんですか」

「ああ。彼女の忘れ物を回収しに来たんだ」

「忘れ物?」

「そうだ。彼女はとんでもないものを忘れてしまった」

「何ですか、それは?」

「今にわかるよ」


 久我は口元だけで笑みを浮かべると、捜査用の白手袋を両手にはめた。

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