メッセージ(2)
フェンスの向こう側の道は全く舗装されておらず、途中に倒木などがあったため、そのたびに車を停めて、障害物を除くなどの作業をしなければならなかった。
なぜ、ここまでして進まなければならないのだろうか。
姫野はそんな疑問を抱きつつ、ハンドルを握っていた。詳しい話は聞かされてはいなかった。ただ「運転手をお願いしたい」。そう久我は姫野に言っただけだった。
ちらりと横目で久我を見ると、久我は助手席でじっと前を見据えたまま、無言を貫いていた。何を考えているのか、わからない。それは出会った頃から、変わらない久我の印象だった。
久我と組んで仕事をするようになって、数か月が経っている。いくつもの事件を担当してきた。しかし、いつまで経っても、久我の本音は見えてこなかった。いつも、何を考えているかわからないのだ。この人は決して、自分には心を開こうとはしないだろう。それはわかっていた。無理に心のとびらを開こうとすれば、久我は離れて行ってしまう。それだけは避けたかった。
「この先に何があるんですか、久我さん」
「行けばわかる」
ほら出た。自分の殻に閉じこもった久我総が出てきた。なーんの説明も無し。これで納得してくれる相棒もわたしくらいしかいないんじゃないの。
姫野は心の中で呟きながら、小さくため息をついた。
しばらく一本道を走ると、建物が見えてきた。どうやら、あそこが目的地のようだ。
「どこで止めればいいですか」
「その先に、駐車スペースがある」
まるで久我は、来たことがあるような言い方だった。
そして、久我の言った通り、そこには車を一台止められるだけの駐車スペースがあった。
レンガ造りの建物は、ちょっとした洋館のような作りだった。
「ここは?」
「目的地だ」
久我はそれだけ言うと、助手席から降りた。
そんなことはわかっているよ。この建物は何なんだってことを聞いているんだつーの。姫野はそう心の中で久我のことを罵りながら、運転席から降りると、久我の後を追った。
洋館の大きな扉の前に立つと、久我は呼び鈴へと指を伸ばす。
何度か呼び鈴のボタンを押したが、壊れているのか何の音も聞こえなかった。
「鳴りませんね」
「ああ。だが、ここまで来て引き下がるわけにもいかないな」
「ピッキングでもしますか?」
冗談のつもりだった。しかし、久我はその言葉に対して、真剣な顔で言葉を返してきた。
「いや。そんなものは必要ない。ここに暗証番号で開けられる装置がある」
久我はそう言うと、ドアの脇に付けられていた暗証番号式の装置にそっと手を触れると目を閉じた。
すべてのものに記憶が宿る。たとえ、それが無機物であったとしても。
ものの記憶。久我はそれを『残留思念』と呼んでいた。
「なるほど」
目を開けた久我はそう言って、暗証番号を打ち込む。
姫野はもう見慣れたが、久我が能力を使う際の姿はどこか異様にも思えた。
目を閉じた後、独り言をブツブツと呟く。それは誰かと話をしているようにも見える。久我が目を閉じている間、久我にどのような世界が見えているのかはわからなかった。
久我が暗証番号を打ち込み終わると、玄関のドアロックがカチャリと開く音がした。
そして、久我は当たり前のようにドアノブを捻ると、その大きなドアを開けて中へと入った。
「ちょっと、久我さん。これって不法侵入じゃないですか」
「ああ。そうなるかもしれないな」
「いや、かもしれないじゃなくて、不法侵入ですって」
「しかし、入らなくてはならない理由がある」
「どんな理由ですか?」
「言ってなかったか?」
「聞いていませんけれど」
「そうか」
久我はそう言うとスタスタと歩きはじめた。
なんなの。結局はその理由も教えてもらえないわけ。
姫野は苛立ちながらも、久我の後を追った。
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