死の芸術家(11)
その日、久我総はいつものスーツスタイルではなく、黒のセーターにジーンズというラフな格好だった。身長が180センチ以上ある久我は、雑踏の中にいても頭ひとつ飛びぬけて見えるため、すぐにその姿を見つけることが出来た。
「久我さん、お待たせしました」
「待っていない。十五分ほど前に着いただけだ」
その言葉に姫野は、この人は嫌味で言っているのか、それとも天然で言っているのか、本当にわからないなと思いながら、遅れてきたことを詫びた。
「本当に、すいません」
「別に約束の時間に遅れたわけじゃないんだから、謝る必要はないだろ」
どうやら、久我は後者のようだった。
やっぱりこの人は、変人なのだ。姫野は改めてそのことを認識すると、久我と一緒に歩きはじめた。
きょうはふたりとも非番だった。久我が行きたい場所があるから、一緒に来てくれないかと姫野のことを誘ったのである。
もしかして、デートの誘いか。姫野はちょっとだけ期待をして、新しい服を選んで着てきた。
「きょうは、どこへ行くんですか」
「ああ。すぐにわかる」
久我はそれだけ言うと、目的の場所に向かって歩きはじめた。
いつもであれば、久我の背中を見ながら歩くことが多いため、久我の隣を歩くというのはどこか新鮮なものがあった。やっぱり、これはデートなんじゃないのかな。そんな淡い気持ちが姫野のどこかにはあった。
「ここだ」
そう言って久我がドアを開けて入ったのは、雑居ビルの一階にある小さな雑貨屋だった。
何か買う物でもあるのだろうか。姫野はそんなことを思いながら、久我と一緒に店内へと入る。店内には可愛らしい小物が揃っており、客層も若い女性が多かった。
「何を買うんですか」
「いや、何も買わないよ。用があるのは二階だ」
久我はそう言って、店内の奥にある階段を指さした。
階段を上っていくと、ガラリと雰囲気が変わった。そして、独特の匂いもする。
その匂いを嗅いだ時、姫野はどうして久我がここに来たのかを察した。やはり、デートなんて淡い期待をした自分が馬鹿だった。
そこは画材などを扱う店だった。
そして、店の奥にいる小柄な女性を久我は鋭い目つきでじっと見つめた。
「藤崎さん……」
思わず姫野は声に出してしまった。
その言葉に、店の奥にいた藤崎とわ子が反応する。こちらを見た彼女の顔は強張っていた。
あの時もらった名刺には、画商という肩書きが書かれていたはずだ。
「ご自分でも、絵を描かれるんですね」
久我は笑みを浮かべながらそう言うと、藤崎の隣に立った。眼は笑っていない。その眼を見た姫野は、ぞっとした。
その瞬間、すべてがわかってしまったのだ。
作者、Xの正体。それは藤崎とわ子自身だったということ。そして、彼女の描いた絵が大勢の人を死に至らしめたということも。どのようにして、描いた絵で人を死へと追いやることができるのかはわからない。ただ、藤崎とわ子にはそれが出来るのだ。それだけは、姫野にもわかった。
「堕ちた天使、見つかりましたよ」
久我はそれだけ藤崎とわ子と告げると、
その時の藤崎とわ子の顔は、いまにも泣き出しそうな顔だった。
※
N県には
その
過去に
「
「別に礼を言われるようなことをした覚えはありませんよ。私はただ、自分の職務を全うしただけです」
駅前にある航空会社系列のホテルの一室で、久我総はノートパソコンの画面に向かって話をしていた。画面の向こう側にいるのは、警察庁上級特別捜査官の
「相変わらず、硬いね。まあ、その硬いところが総くんの良いところなのよね。どう、そろそろ、わたしのことが恋しくなってきたんじゃない?」
「毎日のようにPC越しに顔を合わせていますので」
「ちょっと、そういうところが冷たいっていうのよ。あんた、本当に人間なの。血、通ってる?」
PC越しに相馬は久我のことを罵る。
だが、久我はいつものことだと思い、その罵りを聞き流していた。
「以上で、報告は終了です」
「……本当に面白くない男ね、あんたは。それで、冗談を抜きにして、そろそろこっちに戻ってこない?」
「そうですね。
「わかったわ。そのことは長官に聞いておく。ちょっとはN県で羽根を伸ばしておきなさいよ。
相馬は笑いながら言って、通信を終了させた。
ノートパソコンをシャットダウンさせると、久我はスマートフォンの画面を何気なく見た。そこには、ニュースサイトからの新着情報の通知が来ていた。
『N県S市でビル火災。個展開催中の画廊が火元か。ひとり死亡』
久我はその通知だけを見ると、ニュースサイトのリンクをクリックせずに終了させた。
死の芸術家 完
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