死の芸術家(9)
海岸沿いの国道を南下していた。
久我が次に指定したのは、H海岸の近くにある教会だった。
幸いなことにH海岸近くには教会は一軒しかなく、その教会があの『堕ちた天使』の舞台として描かれた場所となると予想していた。
「久我さんは、どう思いますか」
「なにが」
「あの絵ですよ。『堕ちた天使』。あの絵も今回の一連の事件と結びついていると考えているんですよね」
「事件との関連性はあるだろうな。犯人は自分の犯行の成果物として絵を描いている」
「そうなんですか」
「なんだ、そんなこともわからないで捜査をしていたのか」
その発言に姫野はちょっとむっとした。パートナーとして一緒に仕事をしているにも関わらず、あんたは必要な情報をひとつも寄越さないじゃないか、と。
「わたしには情報がまわってきませんから」
姫野は嫌味を込めて久我に言ってやった。
「そうなのか」
腕組みをしながら久我はそう言うと、海岸線へと目を向けた。
この男、どこまで本気なのだろうか。時おり、姫野はそう思うことがある。天然で言っているのか、それともすべてを計算ずくの上で嫌味などを言っているのかわからないところがある。久我総というこの男の本心は、どこにも見えないのだ。かといって、仮面を被って本心を隠そうとしているようにも思えなかった。
「あれだな」
久我は少し離れたところに見える建物を指さした。そこには、三角屋根の上に十字架が乗っている建物が見えていた。
駐車場と思われるスペースは雑草が生い茂っていた。元は砂利を敷いてきちんと整備していた場所だったのだろうが、いまはただの空き地のようにしか見えない。
『関係者以外立ち入り禁止』。そう書かれた貼り紙とロープが張られており、教会への入口は塞がれている状態だった。
近所の人に姫野が話を聞いたところ、教会は5年ほど前に封鎖されたのだという。理由はわからないとのことだった。教会の神父がいたが、高齢だったために辞めたのではないかという話もあったが、誰も真相を知る人間はいなかった。
「どうしましょうか」
「入ろう」
「でも、令状も何もないですよ」
「超法規的措置というやつだ」
久我はそう言うと立ち入り禁止と書かれたロープをまたいで教会の敷地内へと入っていく。
それって別名、違法捜査ってやつじゃないの。姫野は心の中で思いながら、久我の背中を追いかけた。
教会の敷地は完全に荒れ地となっていた。ドアの部分には鎖と南京錠が掛けられており『閉鎖』と書いた貼り紙がしてある。
「これじゃあ、入れないですね」
「そうだな……。裏口を探すか」
諦めきれないといった様子で、久我は雑草の生い茂る元道であった部分に入っていった。
久我がここまでこだわりを見せているということは、何かあるのだろう。それは久我のパートナーとして幾つかの事件を担当してきてわかったことだった。久我はこれだと思った時に異常なまでの執念を見せるのだ。きっと、この教会にも何かがあるに違い無い。
教会の裏に回ると、そこからの景色は素晴らしいものだった。きっと、この教会で結婚式を挙げたカップルたちは、この景色を見て愛を誓いあうのだろう。そんな妄想をしながら、姫野は腕に止まったやぶ蚊を叩き潰した。
残念なことに教会の裏口もしっかりと施錠されており、どこのドアも開いてはいなかった。そもそも、鍵が開いていたとしても入ることは不法侵入となるため、違法である。久我と一緒に捜査をしていると、警察とは何なのだろうかと思うこともある。この人は捜査のためであれば、違法など関係はないといった素振りを見せるのだ。
ガラスが割れた音がした。慌てて姫野が振り返ると、久我が肘で教会のステンドグラスを叩き割ったところだった。ほら、言わんこっちゃない。姫野は苦笑いをしながら久我に声を掛けた。
「久我さん、怪我していませんか」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと毛布をガラスに当ててから肘で割ったからな」
得意げに久我が言う。あんた本当に警察官か。そう問いたくなるような言動ではあるが、彼はそういったことはお構いなしといった様子で、割れたステンドグラスの破片を窓枠から外して中へと入っていった。
久我がステンドグラスを割って入った場所は、ちょうど礼拝堂の真横に当たる場所だった。中に入ると、カビとホコリの臭いがした。姫野は口にハンカチを当てると、ガラスの破片を踏まないように気を付けながら、先に進んだ。
「あの絵が描かれたのはどのへんだろうな」
礼拝堂の天井を見上げながら久我が言う。
あの絵というのは、もちろん『堕ちた天使』のことである。
突然、久我が足を止めた。あまりに突然だったため、姫野は止まることが出来ず、久我の背中へと突っ込んでしまった。
「堕ちた天使か?」
久我がつぶやく。
「え?」
久我の視線の先。そこには老人が倒れていた。老人は全裸の状態であり、一部が白骨化しているのがわかった。死後、どのくらい経っているのかはわからない。ただ、その特徴からこの老人が教会の神父だったのではないだろうかということが予想できた。
「すぐに応援を呼びます」
姫野はスマートフォンを取り出して、N県警へと連絡を入れた。
その間、久我はじっと倒れている老人のことを見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます