死の芸術家(7)

 特上ロースかつ定食は、特上の名に偽りなしの一品だった。これであれば、ひと切れでご飯一杯はいける。噛んだ時の衣のサクサク感と中の肉のジューシーさ。肉は柔らかく、口の中に入れると溶けてしまうかのようだった。後味として、口の中に豚の旨味だけが残され、ご飯が進んでしまう。

 その言葉を裏付けるかのように久我はご飯のおかわりを三回、キャベツのおかわりを四回行った。

 そんな久我の痩せの大食いを姫野は見慣れてはいたものの、まさかご飯を三杯もおかわりするとは思ってもいなかったため、この人はまだ食べるのかと驚きを隠せなかった。


 食事を終えた久我は、席を立ちあがると会計をするためにレジへと向かった。レジに立っている女性店員に伝票と五千円札を差し出し、おつりを受け取るタイミングでスマートフォンの画面を女性店員に見せた。


「この人を探しているんですけれど、こちらに来た事はありませんか」

「あれ、このならよく来てたよ。そういえば、最近は来ないねえ」

「そうなんですね。この近くに住んでいる人とかなんですか」

「いや、住んでいる感じじゃなかったよ。服装も派手だったし、その辺の店で働いていたんじゃないのかねえ」


 女性店員は少し声を潜めるようにしていう。

 その辺の店というのは、水商売や風俗営業をしている店のことだった。


「そうでしたか。来る時はひとりで?」

「うーん、どうだったかな。ひとりだったと思うよ。お連れさんがいれば、記憶に残っていると思うから」

「ちなみに、彼女は何を注文していましたか?」

「え? なんだったかな。……あ、エビフライ定食だ」

「エビフライ定食? とんかつ屋なのにエビフライ定食なんかもあるんですか」

「そうよ。この店の隠れた逸品だから。次来た時、頼んでみなさいよ。おいしいよ」

「そうなんですね。エビフライか……。色々と教えていただき、ありがとうございました」


 久我がそう言うと、レジの女性店員はじっと久我の顔をみつめる。


「もしかして、お客さん、アレなのかい。探偵とか」

「え? わかりますか」

「やっぱり。なんか入ってきた時からそうなんじゃないかなーっておばさん思っていたのよ」

「参ったな。これじゃあ、商売あがったりですよ」


 久我は笑いながらそう言って頭を下げると、店を後にした。


「久我さん、探偵に見えるんですね」


 姫野がからかい半分に言ったが、店を出た後の久我の顔には笑顔などひとつもなく、いつもの真顔に戻っていた。


「坂井リカコは、このとんかつ屋に来たことがあった。これだけでも、収穫だな」


 久我は姫野の声を無視するかのように独り言をつぶやくと、財布をポケットへとしまった。

 とんかつ屋に坂井リカコが来ていた。それのどこが収穫だというのだろうか。姫野は疑問に思いながら、スタスタと歩きはじめている久我の後を追った。


 久我が次に向かったのは、坂井リカコが働いていたキャバクラ店の向かいにあるコンビニエンスストアだった。

 店内に入った久我は客が他にいないことを確認してからレジへと向かい、店員に身分証を見せてから話しかけた。


「警察ですが、この女性に見覚えありませんか」


 レジに立っていた茶髪の若い女性店員は、ちょっとうんざりしたような表情を浮かべてから口を開く。


「またですか。さっきも同じ質問をしに来ましたよ。刑事さんたちって横のつながりが無いんですか。同じ話を何度も聞いて」

「なるほど、それは失礼。では質問を変えさせていただきます。こちらの女性、手が絵具で汚れていたことありませんでしたか」

「え?」


 あまりにも唐突な質問に店員の女性は驚いた顔をみせたが、すぐに何かを思い出したかのように話しはじめた。


「あります。ありますよ。いつも綺麗なネイルをしているお姉さんだなって思っていたんですけれど、ある日手が絵具かペンキかで凄く汚れていた日があったんです。あれ?って思ったんでよく覚えています」

「なるほど。ちなみに彼女の手はどちら側が汚れていたか覚えていますか」

「えっと……左手だったかな。いつもお金を払う時に左手を出していたので、この人は左利きなんだって思っていたので」

「ほう。素晴らしい」

「何がですか?」

「あなたの洞察力ですよ。あなた、探偵になれますよ」


 久我は真顔で女性店員に言うと、姫野に声を掛けてコンビニを後にした。

 一連の久我の行動が姫野には理解が出来なかった。いつも、よくわからない行動を取っているということには変わりないのだが、今回の行動はいつもにも増して理解ができなかった。


「久我さん、次はどこへ行きますか」


 スタスタと歩きはじめている久我の背中に姫野は声を掛けた。

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