死の芸術家(5)

 きょうの姫野はどこかご機嫌斜めのようだった。

 そのくらいのことは、鈍感な久我であってもわかるようにはなってきている。

 余計な口は利かないでおこう。久我はそう決めて、姫野の運転する捜査車両の助手席に座っていた。


「なんで急にN美大なんですか」


 車を出してほしいと久我がお願いしたところ、姫野が突っかかってきた。

 久我はひとりで出版社へ行き、編集長である川畑から話を聞いたことを姫野に告げたのだが、姫野はそこから不機嫌モードに入ってしまった。

 なんなんだ、この女は。久我は内心そう思っていたが、口に出せば喧嘩になるということはわかっていたので黙っていることにしたのだった。

 車は長いトンネルの中に入った。日除けのために掛けていたサングラスを外した久我は、運転をしている姫野の横顔をじっと見つめた。


「なんですか、久我さん」


 その視線に気づいた姫野が前を向いたまま言う。


「いや、どんな顔をして運転しているのかと気になっただけだ」

「どんな顔をしていましたか、わたし」

「真剣な顔をしている」

「当たり前ですよ、運転中なんですから」

「そうだな」


 会話はそれで終わった。姫野から、先ほどの不機嫌さは感じられなかった。それがわかっただけでも、久我は良かったと思った。


 トンネルを抜けてしばらく走っていくと、突然山の中に近代的な建物が姿を現した。それがN美大のキャンパスだった。

 奇妙な形の巨大なオブジェなどがあり、そこだけがどこか違う世界なのではないかと思わせるような雰囲気がある。


 捜査車両を大学関係者駐車場に停め、久我と姫野は大学の事務室へと向かった。

 大学側には事前にアポは取っておいた。わざわざ車で1時間以上かけて出向くのに、アポ無しで行って断られたら目も当てられないからである。もちろん、アポを取ったのは姫野であり、久我はそれを横で見ているだけだった。


 久我たちが訪ねていくと、長袖のシャツにジーンズというラフな格好をした女性が出迎えてくれた。


はなわと申します」


 彼女はそう言って、久我に名刺を差し出してきた。名刺に書かれている肩書きは事務局長となっている。


「久我さんは、警察庁の方なんですね」


 塙はそう言って珍しそうに久我の名刺を見ていた。


「それで、本日の御用というのは……」

「こちらの学生の作品だと思うのですが」


 ポケットからポラロイド写真を取り出した久我は、塙にそれを手渡した。

 その写真は、久我が川畑に渡したものと同じものだった。

 久我はその写真の出所を誰にも話してはいなかったが、これは久我が残留思念から撮った写真だった。久我の能力である、物に残された記憶――残留思念を読み取るというもの。その能力にプラスして久我はポラロイドカメラを頭に当てることによって、その残留思念を写真に残すことが出来るのだった。


「うちの学生のものですか。ちょっと待っていただけますか」


 塙はそう言うと、事務室に戻ってノートパソコンを持ってきた。


「N美大生の作品であれば、すべて写真に残してデータベース化してあるんですよ。検索ワードに、その作品の特徴とかを入れればすぐに見つけ出すことが出来ます」

「へー、そうなんですね」


 驚きの声をあげたのは姫野だった。

 警察庁のデータベースにも同じようなものがある。事件の特徴などを入れると、類似した事件を引っ張ってくるというものだった。久我はそのことを頭の中に思い浮かべていたが、口には出さず、塙が検索を掛ける様子をじっと見ていた。


『天使、処刑台、翼』


 そんなキーワードを並べて検索を掛ける。すると、検索結果が1秒も待つことなく返ってきた。検索ヒット件数は38件。それが多いのか少ないのかは久我には判断できなかった。


「38件なんで、全部表示させてみますね」


 そう言って塙がマウスを操作すると画面が切り替わって、画像が次々とパソコンの画面に表示されて行く。


「あ、これだ」


 声をあげたのは姫野だった。

 久我は姫野よりも先に見つけていたが、黙ってじっとその絵を見ていたのだ。


「そうですね、これですね。えっと、これは10年ほど前に描かれた作品みたいですね。えーと作者は……」


 そう言いながら塙はマウスを操作していく。


「坂井リカコさんですね。8年前に卒業しています」

「いまはどちらに勤めているかとかは、わかりますか」

「ごめんなさい、そこまでは記録されていません」

「そうですか。でも、名前がわかっただけでも十分です。ありがとうございます」


 姫野は塙にお礼を言いながら、手帳に坂井リカコという名前を書き留めていた。

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