焔の女(14)

 組合ギルドに対して強制捜査が執行されたのは、それから三日後のことだった。

 捜査令状は、安住武雄の焼殺事件の捜査のためということになっている。

 重要参考人として組合ギルドの人間を何人か引っ張ったようだが、その中にあの女は含まれてはいなかった。

 強制捜査を執行したことによって、組合ギルドの守りは固くなってしまったことは確かだった。おそらく、関係者から久我が話を聞こうとしても、口を割る人間はいないだろう。余計なことをしてくれたものだ。口には出さなかったが、久我はN県警捜査本部の無能さを呪っていた。


 何の捜査進展も無いまま、一週間が過ぎていった。

 おそらく、組合ギルドはスケープゴートを用意して組合ギルドの意志ではなく個人的な恨みで安住を殺害した犯人に仕立て上げるだろう。それはN県警とも話がついていて、すべてを丸く収めるための手段に違いなかった。

 それが終われば、N県警が組合ギルドを締め上げる理由も無くなり、また元の持ちつ持たれつの関係へと戻る。ICUに入っている妻夫木や殺された安住という犠牲は時間と共にゆっくりと闇の中へと葬り去られ、風化していくのを待つというわけだ。


「今回は、私の負けか……」


 久我は手に持ったナイフとフォークを置くと呟くように言った。

 その様子を見ていた小津がカウンターからじっと視線を送ってきたが、久我は気づかない振りをしてコーヒーをひと口飲んだ。


 しばらくして、スマートフォンが一件のメッセージを受け取った。

 久我はそのメッセージを読むと、ひとりで頷き、席を立ちあがった。

 喫茶店OZに客は誰もいなかった。いるのは久我と小津だけである。

 久我はレジの前に立つと、小津がやってくるのを待った。


「ありがとうございました」


 小津はいつものようにニコニコと笑みを浮かべると、伝票の数字をレジに打ち込もうとする。


「悪かったな」


 久我はその眼でしっかりと小津のことを見つめながら言った。


「小津いろは。キミのお姉さんだろ。組合ギルドの実質的な支配者だ」

「え?」

「隠す必要はない。すべてがわかってしまったんだ」

「え、いや……」

「いいんだ」


 久我はそう言って小津の肩をぽんと叩くと、一万円札を数枚財布から取り出してレジの横の受け皿に置いた。


「あの……」

「これは私からの香典だと思ってくれ」


 それだけ言うと、久我は店の前に停まったシルバーの捜査車両の後部座席へと乗り込んだ。


 メッセージの送り主は、相楽さがらだった。

 相楽は公安部のスパイとして、組織ギルドに潜り込むことに成功していた。

 警察庁特別捜査官、相楽八雲。彼の能力については久我も知らないが、相手組織に潜入するスペシャリストであるということだけはわかっていた。

 能力者である相楽は、うまく組合ギルドに潜り込み、組合ギルドを内部から崩壊させることに成功した。

 相楽が送ってきたメッセージは短いものだった。


『終わった』


 その一言だけで、十分に伝わるものだったのだ。

 内部崩壊のはじまった組織ギルドは、存在自体を潰されないためにN県警と裏取り引きをした。表向きのスケープゴートとして妻夫木邸を放火し、安住を殺害した容疑者を差し出し、裏で実際に動いていたこと、小津いろはの存在を明かしたのである。

 小津いろはの暴走は、組織ギルドとしても手に余すところがあったようだ。組合ギルドの創設者のひとりであった小津明彦は、小津いろはと小津あゆむの父であった。弟のあゆむは組合ギルドとは距離を置いたが、姉のいろはは違っていた。父である明彦の死について疑問を感じ、組合ギルドの中でその真相を知ろうとしていたのだ。そんないろはを利用して在らぬことを吹き込んだ者がいたようだ。いろはは、その者の発言を信じ、N県警に恨みを抱くようになっていった。

 そして、小津いろはは暴走した。N県警刑事部長であった妻夫木を襲い、元県議会議員であった中西の秘書だった安住を焼死させた。

 すべては組織ギルドのためであり、父・明彦の恨みを晴らすためのことだった。

 その行動には弟である小津あゆむも加担していた。あゆむは久我たちがOZで話していた内容をすべて姉であるいろはに伝えていたのだ。そのことに久我は途中で気づき、OZでは偽の情報を流すようにしていた。

 次第に組織ギルド内では、小津いろはに対する不信感が高まっていった。その裏側には相楽の暗躍があったようだが、どのようなことをしていたかまでは久我も知らなかった。

 そして、組織ギルドはいろはのことを切り捨てた。組織ギルドの存続のために、スケープゴートとしたのだ。

 表には出すことのできぬ存在であった、小津いろは。暴走し、相手を焼死させるほどにまでなってしまった。すべてが彼女のせいであるとは言えない。彼女を裏で操っていた人間が悪いのだ。

 組織ギルドがどのようにして、小津いろはのことを闇に葬り去ったのかわからなかった。

 ただ、数日後の新聞の片隅にN県を流れる川にひとりの女性の死体が浮かんだといったニュースが書かれていた。そのニュースについては詳細は書かれておらず、続報も載ることはなかった。



 【焔の女:完】

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