焔の女(12)

 話をしたい。

 久我はそういって、OZに姫野ひめの桃香ももか相楽さがら八雲やくもを呼び出した。

 店内の一番奥にある席は外からは死角になっており、誰が座っているかはわからない状態となっている。

 そのテーブルに姫野、相楽、片倉、そして久我の四人が座っており、テーブルには人数分のパンケーキとホットコーヒーが置かれていた。

 本日のパンケーキは、バターとハチミツというシンプルなものだったが、溶けだしたバターのいい香りが鼻腔をくすぐってくる。


「これは何の真似だ、久我。俺は忙しいんだぞ」


 不機嫌そうな口調で、開口一番に相楽が言った。

 しかし、久我はそれを気にする様子も見せず、パンケーキにナイフを入れている。


「まあ、落ち着けよ、相楽。姫野さん、いま何時ですか」

「えっと、3時を少し過ぎたところですね」


 姫野が腕時計に目をやっていう。


「ほらな」

「何が『ほらな』なんだ」

「3時はカロリーを取る必要がある時間だ。これから頭をいっぱい使うんだ。脳に栄養を与えなければならない。温かいうちに、さっさと食べろ」


 どういうことなんだ。相楽は久我の隣に座る片倉へと視線をやったが、片倉は首を横に振るだけで、同じようにパンケーキを食べている。

 片倉はこの久我のペースに慣れたようだった。


「では、作戦会議をはじめよう」


 久我がそう口を開いたのは、パンケーキを食べ終えてコーヒーをひと口飲んでからだった。


「まずは、組合ギルドについてだ。私と片倉は元県議会議員である中西健三郎から、N県警と組合の関係について聞き出した。組合については、ふたりとも知っていると考えて話を進めるがいいかな」


 その言葉に姫野は無言で頷いたが、相楽は何か言いたげな顔をしている。


「相楽、お前の立場を明確にしておこう。お前は警察庁特別捜査官であると同時にN県警公安部で協力捜査を行っているな。だが、いまからは私の指揮下に入ってもらう。これは相馬上級特別捜査官からの指示であり、警察庁長官からの指示でもある」

「な、なんだと。そんなことが認められるのか」

「先ほど電話で連絡をして、ふたりから許可を取ったよ」


 そういってスマートフォンに来たメールの画面を相楽に見せる。そのメールは相楽にも同送されていたが、まだ確認をしていなかったようだ。


「わかったよ。指示に従う」


 相楽は観念したようにいった。


「では、話を続けよう。姫野さん、あなたの立場についてだ。あなたは現在、N県警刑事部所属であり、刑事部長代理である周防すおう参事官の直属となっているはずだ」

「そうですね」

「いまから兼務として、私のチームに入ってもらう。これは警察庁長官からの指示であり、拒否することはできない」


 久我は相楽に見せたメールとは別のメールを画面に表示させて、姫野へ見せる。


「わたしは大丈夫です。先ほど、メールは確認しました」

「それは良かった。じゃあ、あとは片倉さんについてだな。片倉さんは、いまは警察官ではなく民間人だ。だから、私が探偵として報酬を支払って雇っている」


 片倉はその言葉に無言で頷く。


「これからは、この4人でチームとして動くことになる。我々がチームであるということはN県警内部でも一部の幹部職員だけしか知らない。これはN県警内部に組合と繋がる人間がいるためだ」

「お互いの立場はわかったよ。それで、俺たちは何をすればいいんだ。まさか、組合を壊滅させろとかいうんじゃないだろうな」


 口元に笑みを浮かべて相楽がいう。


「壊滅とは言わないが、ある程度の力を削ぐ必要がある」

「どうやって?」

「一番いいのは内部崩壊だろう。その辺については、相楽の方がプロフェッショナルだろう」

「まあ、そうだな。だが、そんな簡単に内部崩壊をさせられるような組織ではないだろ」

「種を蒔けばいいさ。あとは勝手に崩壊していく」

「そうか、それならばいい。そういえば、久我が探していた、あの女は見つかったのか」

「いや、まだだ」


 久我は自分の右手へと目を落とす。

 あの女は必ず見つけ出す必要がある。包帯で巻かれた右手を久我はぎゅっと握りしめた。

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