焔の女(9)
外に出る際、片倉は伊達眼鏡をサングラスに掛け替え、コートを羽織った。
3月とはいえ、まだN県の気温はひと桁台である。
「久我、車の運転は出来るか」
「免許は持っているが、期待はしないでくれ」
「ならいい。俺が運転する」
駐車場に停められたシルバーのBMWに乗り込んだ片倉は、左手だけで器用に運転をはじめた。
片倉の運転を見ていると、片手を失っていると思えないぐらいにスマートだった。
何度も練習をしたのだろうか。それとも、右手を失う前から片腕で運転していたのか。
どちらにしろ、片倉の運転が上手いということだけは確かだった。
「なんだ、どうかしたのか」
じっと運転する姿を見られていたことに気づいた片倉が前を向いたままいう。
「いや、なんでもない」
視線を外の景色へと向け、久我はいった。
なぜか苛立ちが募っていた。これは何なのだろうか。
しばらく車は走り、市街地から少しはずれた辺りで停車した。
連れて来られたのは、大きな駐車場のある小さな病院だった。
内野医院。外科、内科、皮膚科という看板が出ている。
どこにでもあるような町医者に思えた。
中に入ると、待合室には数人の老人がおり、大きな声でどこぞの誰かの噂話に花をさかしている。
片倉は受付にいた30代半ばぐらいの事務員に声を掛けて、すぐに久我を治療室へと案内させた。
治療室で待っていたのは、年齢不詳の老人であった。
老人であることは確かなのだが、60代なのか70代なのか80代、それよりも、もっと上なのか。まったくもって不明だった。
「おお、来たのか。どうだ、右手の調子は」
「この通り、絶好調です」
片倉はそういって、何もない右手を振って見せる。
何もない右手。片倉はあの事件で右手を失った。しかし、その理由は語られてはいない。
手首から先は何もない。あるのは手首までだ。その傷口はきれいに縫合されており、皮膚も問題なくくっついている。この手術をしたのが、目の前にいる老人だというのだろうか。
「そりゃあ、良かった。それで、きょうは何しに来た」
「ああ、実は先生に診ていただきたいんです。私ではなくて、こちらの彼なんですけれどね」
そういって片倉は久我を診察用の椅子に座るように促した。
「どうしたのかね」
「ちょっと、火傷をしてしまいましてね」
久我はそういいながら、右手の包帯を取って見せた。
手のひらの小さな火傷。その周りに広がるどす黒い痣のようなもの。また酷くなってきている。自分の手を見た久我は驚きを隠せなかった。
「こりゃあ、酷いな。何をした」
「熱いものに触れてしまいまして。最初はただの火傷だと思っていたんですけれど」
「どうみても違うね。あんた、異能者だろ」
「えっ?」
「異能者。いまの若い人はそう言わないのかね」
老医師はそういってじっと久我の目を見つめた。老医師の目の色はすでに色素が薄くなっており、白に近い灰色のような目だった。
「残留思念。ものに宿る記憶を読み取ることができます」
「なるほどね。その記憶の中で攻撃されたか」
まるで見て来たかのような口調で老医師はいう。
一体何者なんだ、この老人は。
「わしも同類だよ。能力は違うがね」
まるで久我の心を読み取ったかのように老医師はいった。
「この年齢で医師を続けられるのも、異能力のお陰だ」
それだけ言うと、老医師は久我の手を取った。
老医師は火傷箇所を触ってみたり、虫眼鏡を取り出して患部をじっくりと見たりしていたが、突然ため息をついた。
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