焔の女(7)

「何をしに来た、久我」


 男はそういって、左手の親指で器用に撃鉄を起こした。

 右手はシャツの袖に隠れており、どうなっているのかはまではわからない。

 もし、この男が久我の知っている男であれば、その右手はN県警警察本部の保管庫で秘密の証拠品として冷凍保管されているはずだ。


「私を撃ち殺す気なのか、


 久我は目の前に立っている男――片倉圭佑に言った。

 捜査資金である刑事部の1000万円を横領し姿を消した男。それが片倉だった。久我は片倉の行方を追うように妻夫木刑事部長から依頼を受けて、片倉のことを探したが見つけ出すことは出来なかった。その代わりに片倉から妻夫木に送られてきたのが、片倉の右手だった。その右手を使って貸金庫から1000万円を取り戻し、妻夫木は片倉の横領事件を闇に葬り去ったのだ。

 なぜ、姫野が協力者として片倉を自分に紹介したのか、久我には理解が出来なかった。

 どうして、姫野は片倉の隠れ家を知っているのか。

 そして、片倉と姫野はどういう関係なのか。


「もう、俺は亡霊のようなものだ。構わないでくれ」


 片倉はそういうと拳銃の狙いをしっかりと久我の頭につけた。

 しかし、人差し指は引き金には掛かってはいない。本気で撃つつもりはないのだろう。


「私は姫野さんの紹介でここに来たんだ。さっきカメラ越しに見せた名刺をポケットから取り出したいんだが、いいかな」


 慎重に言葉を選びながら、久我はゆっくりとした動作でコートのポケットに左手を入れた。

 取り出した名刺を片倉の見える場所に置く。

 片倉は銃口を久我に向けたまま、名刺へと目を落とした。


「俺に何をさせるつもりだ」


 姫野の名刺を見て少し落ち着きを取り戻したのか、片倉は拳銃の銃口を外すと、撃鉄をゆっくりと戻した。

 片倉には聞きたいことが山ほどあった。だが、それをすべて後回しにして、例の女の写真を片倉に見せた。


「この女にに見覚えはあるか」


 ほむらの女。久我は彼女のことをそう呼ぶようになっていた。

 この女のせいで、久我は手に火傷を負った。


「知らないな。この女がどうかしたのか」

「妻夫木さんの自宅が火事になったのは知っているな」

「ああ。ニュースで見たし、姫野からも聞いている」


 姫野から聞いている。その言葉が久我には引っかかったが、いまはスルーしておくことにした。


「妻夫木さんが全身やけどを負った理由は、この女にやられたからだ」

「ほう。見た……というわけか」


 片倉はそう言った。というのは、久我が特殊能力を使って見たという意味だろう。どうやら片倉は久我のことをある程度は知っているようだ。もしかしたら、このことをも姫野が教えたのかもしれない。


「片倉さんは、私の能力ちからを信じるというわけか」

「どうだろうな。まだ、この目でみたというわけではないしな。ただ話で聞く分には、信じがたいと思ったりもするが」

「片倉さんが信じるのであれば、あんたのことを見ることも可能だ」

「いいのか。姫野のペンダントを見るのを拒否したと、聞いているが」


 また姫野か。そう思いながらも、久我は答える。


「見て、私の力を信じるというのであれば」

「わかった。見せてもらおう。なにがいい?」

「何でも。普段から身に着けているものの方が見やすい」

「では、これかな」


 片倉はそう言って掛けていた眼鏡を外して、久我に手渡した。

 眼鏡は度の入っていない伊達眼鏡だった。


「目つきが悪いと言われてね。それを隠す意味もあって、眼鏡をかけているんだ。今となっては、逆に眼鏡を掛けていないと変な感じがしてしまうほどだけどな」


 笑いながら片倉は言う。


 確かに眼鏡を外した片倉の目つきは鋭かった。

 刑事丸出しだな。久我はそんなことを思いながら、眼鏡を手に取り、呼吸を整えた。

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