焔の女(6)
N県警警察本部を出ると、向かいにある県庁のロータリーでタクシーを捕まえて久我はA橋町へと向かった。
ここからA橋町までは車でおよそ15分ほどの距離である。
久我は運転手に
スマートフォンで検索しても出てこないような店だ。歩いて探すしかないだろう。
そう考えた久我は、A橋町の適当な場所でタクシーを降りると、鶺鴒堂という名前の店を探して歩きはじめた。
N県最大の電気街といわれるA橋町は、大手家電量販店以外にもトランジスタなど細かな部品を揃えている店やマニアックな電子機器などを取り揃えている店などもあり、オタク文化が浸透するよりも少し前の秋葉原を思わせるような町並みだった。
久我がその店を見つけられたのは、偶然だった。
たまたま路地を一本入ったところにあった古本屋。それが鶺鴒堂だった。
日当たりの悪い雑居ビルの一階。道路の路側帯に『鶺鴒堂』と書かれた木製の小さな看板が出ている。日当たりの悪さは古本屋にとって最適な環境であることは確かだったが、N県の気候を考えると少々寒さが気になる場所ではあった。
店先には、ワゴンセールの文庫本が一冊50円と書かれて並んでいる。どの本も日に焼けてしまっているが、名作ぞろいだった。
ガラス戸を開けて中に入ると、古本屋独特の匂いがした。
店内には様々な本が所狭しと置かれており、通路などは横歩きをしなければ通れないほどの狭さだった。
店の奥には小さな棚が置いてあり、そこには毛糸の帽子を被った老人が座っている。どうやら、この老人が店主のようだ。
久我は平積みされている本に足をぶつけないよう、気をつけながら進み、その老人に声を掛けた。
「失礼。私は久我という者だが」
その言葉に老人はちらりとだけ、目を上げて久我の顔を見た。
客で無いのならば、帰ってくれ。老人の顔にはそう書かれている。
「姫野さんの紹介で」
久我は姫野から受け取った名刺を老人に差し出した。
しかし、老人はその名刺を一瞥しただけで表情を変えることはなかった。
この老人では話にならないのか。
ため息をつきながら、久我は姫野の名刺をポケットに戻す。
そして、老人に背を向けようとした時に、老人がようやく口を開いた。
「2階だよ」
老人が皺だらけの指で示した先は、古書棚の隙間にある小さな空間だった。
こんなところに別の出入り口があったのか。
驚いた久我は老人に礼を述べて、その小さな空間に向かって歩いて行く。
近づいてようやくわかることだが、そこには人がひとり通れるぐらいの狭く急な階段が存在していた。
階段には灯りがなかった。唯一ある光は、階段の上った先にある二階の扉からも漏れている明かりだけである。
壁に手をつくようにしながら、久我は階段を慎重に上った。
階段の突き当たり、そこには分厚い鉄製の扉が存在していた。
その扉を久我は拳で叩くようにノックした。
何かが動くような気配があった。暗闇の中に目を向ける。するとそこには、小さな赤いランプが点っていた。どうやら、天井に設置されている監視カメラのようだ。
そのカメラに向かって久我は姫野の名刺を掲げて見せた。この名刺がどれだけの効果を持っているのかはわからないが、一階の老人は名刺を見たことで階段の存在を教えてくれた。二階の扉もこの名刺で開くのではないかという淡い期待があった。
しばらくすると、扉の向こう側から金属音のようなものが数回聞こえた。
どうやら、ロックが解除されたようだ。
ドアノブに手を掛けると、ドアは音もなく開いた。
急に明るい場所に出たため、一瞬目がくらんだ。
徐々に慣れてきた視界の中に現れたのは、見覚えのある顔をした男だった。
「あんたは……」
久我が男の名前を口にしようとすると、男は手に持っていた鉄の塊を向けてきた。
38口径。交番勤務を行っている所轄署地域課の警察官が所持しているものと同型のリボルバー式拳銃だった。
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