消えた警官(16)

 貸金庫に入っていた手紙に書かれていた住所をスマートフォンに打ち込むと、そこはN県警Y警察署のすぐ裏であるということがわかった。

 N銀行を出た3人は、今度はY警察署へと向かう。


 捜査車両をY警察署の裏手で停めると、そこにはコインロッカーがあった。

 そのコインロッカーは最新式のデジタルキーで開けるものではなく、旧式の鍵で開けるタイプのものだった。


 久我は姫野に運転席で待機するようにいうと、妻夫木と一緒に車を降りた。

「私も車で待っているのでは、駄目なのかね」

「ええ。妻夫木さんには、きちんと確認して、証人になってもらわなければなりません。私が不当逮捕されないための保険のようなものです」


 真面目な顔をして久我はいうと、持っていた鍵に書かれている番号と同じ番号のロッカーを見つけ出した。

 そのロッカーに貸金庫から持ってきた鍵を差し込むと、小さな金属音が聞こえて解錠された。

 久我と妻夫木は顔を見合わせてから、ゆっくりとロッカーの扉を開ける。

 ロッカーの中には紙袋が入っており、その紙袋の中には間違いなく札束が入っていた。


 緊張した面持ちでふたりはロッカーから紙袋を取り出すと、待機していた捜査車両の後部座席に積み込んだ。

「おい、早く出せ」

 妻夫木が姫野に対していう。その声はどこか震えているように思えた。


 県警本部に戻った3人は刑事部長室で、紙袋の中身をあらためた。

 100万円の束が10個。間違いなく1000万円が中には入っている。


「この金は、どうするんですか」

 数え終えた札束を紙袋の中に戻しながら久我が妻夫木に訪ねた。

 青白い顔をした妻夫木はちらりと久我の顔を見てから、口を開いた。


「もちろん、刑事部の金庫に戻す。元々刑事部の金だからな、これは」

「片倉さんについては、どうしますか」

「辞表は受け取る」

「手首から先を失った片倉さんのことは、事件として扱わないということでしょうか」

 じっと妻夫木の顔を見つめながら久我はいう。


「なにか、見たのか」

 妻夫木は久我の顔をじっと見返した。

 その言葉に久我はゆっくりと首を横に振った。

「なにも見えませんでした」

 片倉の右手には、残留思念が何ひとつ残されてはいなかった。


 通常、物には記憶が宿る。それは意図したものではなく、物に残された記憶なのだ。

 その記憶を辿らせないように、誰かが意図して片倉の右手から残留思念を取り払ったとしか考えられなかった。

 記憶を読み取ることのできる人間がいるのであれば、記憶を消すこともできる人間もいるということだろう。


「この件には深く関わってはならない、そんな警告だと思います」

「じゃあ、片倉はどうなるんだ」

「それはわかりません。ただ、片倉さんは生きている。それだけは、わかります」

「だから、右手の記憶を消したというのか」

「はい。これは推測に過ぎないですが、そこには不都合な記憶が残されていたのではないでしょうか」

「片倉は敵の手に渡ったということか……」

 それは久我に対する言葉ではなく、妻夫木の独り言だった。

 敵。妻夫木ははっきりとそう言った。その敵が何者なのかは久我にはわからないし、わかりたくもなかった。面倒なことには巻き込まれたくはない。それが久我の本音だ。


「これで、私の役目は終了ですね」

「そうだな。久我特別捜査官、ご協力感謝する」

 妻夫木はそう言って、右手を差し出した。

 久我は少し悩んだが、今度は自分も右手を出して、妻夫木と握手を交わした。



※ ※ ※ ※



 スマートフォンが鳴ったのは、深夜3時のことだった。

 ホテルのベッドでぐっすりと眠っていた久我は、手探りでスマートフォンを見つけると、ディスプレイに表示されている「姫野桃香」という文字を見た。


「なにかあったのか」

 まだ完全には目覚めていない頭を何とか動かしながら、久我は電話に出た。


「夜分にすいません。大変なことが起きました」

「なにが大変なんだ」

「あの、その、妻夫木、妻夫木刑事部長が……」


 慌てて話そうとする姫野の舌は、うまくまわっていなかった。

 ただその様子だけでも、なにかただ事ではないことが起きているということを久我は察知した。


「妻夫木さんが、どうかしたのか」

「刑事部長の家が火事になり、全焼したそうです。まだ消火活動は続いていますが、病院へ身元不明の男性がひとり救急搬送されています」

 その言葉を聞いたとき、久我は歯を食いしばった。

 脳裏に妻夫木が口にした「敵」という言葉が甦る。妻夫木は、なにか触れてはいけないものに触れてしまったのかもしれない。



 【消えた警官:完】

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