消えた警官(14)

『至急、刑事部長室に来られたし』


 そんな短いメッセージが姫野のスマートフォンに届いたのは、姫野が捜査一課の朝の捜査会議に参加している時だった。


 会議室の一番後ろの席に座っていた姫野は、物音を立てないようにして捜査会議を抜けると14階にある刑事部長室へと急いだ。


 姫野が刑事部長室に着くと、そこには久我の姿もあった。


「なにかありましたか」

 姫野の言葉に、妻夫木は応接用のローテーブルの上に置かれた発泡スチロールの箱を無言で指し示した。

 それは、どこにでもある発泡スチロールの箱に思えた。

 久我がその箱の中に手を入れて、氷の中から透明のビニール袋を取り出した時、姫野は思わず声を上げそうになり、慌てて口を手で押さえた。


 ビニール袋の中身は、人間の切断された右手だった。


「今朝、これが刑事部長宛で届いたそうだ」

 久我は冷静な様子で、ビニール袋を持ち上げてその中身をじっと見ている。


「何なんですか、これは」

「片倉のやつが送り付けてきたんだ。一緒に、手紙と辞表が入っていた」

 姫野の言葉に妻夫木がぶっきらぼうな口調で答える。


「辞表ですか」

「ああ。警察を辞めるそうだ」

 吐き捨てるように妻夫木がいう。

 妻夫木のコメカミには青筋が立っており、時おりそれがピクピクと痙攣するかのように動いていた。


「1000万はどうなったんですか」

 ビニール袋を氷の中へと戻しながら久我が尋ねる。


「銀行の貸金庫に預けてあるらしい。その貸金庫を開けるには、掌紋と5本の指の指紋が必要と手紙には書かれていた」

「だから、手を送り付けて来たと」

「私には理解が出来ない」

 妻夫木は頭を抱えながら言うと、その手紙を久我に差し出した。

 確かに手紙には、妻夫木が言ったことが書かれており、最後には直筆の署名で片倉の名前が書かれていた。


「それで1000万円の確認は?」

「まだしていない」

 首を横に振りながら妻夫木はいう。


「貸金庫に1000万円があったら、私の仕事は終了ということでよろしいでしょうか」

「なにを言っているんだ。どうしたら終わりになるんだ。辞表が書かれているとはいえ、現職の警察官が1000万円を持ち去って、自分の手首を切り落として、警察を辞めると言ってきたんだぞ。どうすれば、これで終わりってなるんだ」

「私への依頼は、片倉警部補を探すというものでした。片倉警部補を探す必要がなくなったいま、私の仕事はこれで終わりだと思うのですが」

「本気で言っているのか、貴様」

「冗談に聞こえましたか?」

「ふざけるなっ!」

 妻夫木は顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげた。

 あまりの剣幕に姫野は久我の隣で首をすくめたが、怒鳴られた当の久我はどこ吹く風といった表情で怒鳴る妻夫木のことをじっと見ていた。


「もはや、これは1000万円がどうこうという問題ではない。N県警全体を揺るがす問題だ。あんたは警察庁の人間かもしれないが、今回の件に片足を突っ込んでいるんだ。最後まで、きちんと付き合ってもらうぞ」

「わかりました。最初から、そう言っていただければ良かったんですよ」

 久我はそう言うと、ビニール袋をもう一度、氷の中から取り出した。


「では、仕切り直しと行きますか、妻夫木警視正」

 妻夫木の目をじっと見つめながら抑揚のない声で久我は言い、唇を歪めるようにして笑みを浮かべた。

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