消えた警官(13)

 動きがあったのは、2日後のことだった。


 妻夫木刑事部長のもとに届けられた荷物には、要冷蔵のシールが貼られていた。

 基本的にN県警に届けられた荷物は地下3階にある荷物受け取り口でX線検査を経て、各部署へと届けられることになっているのだが、その荷物に関しては妻夫木の秘書が出勤したところで、宅配業者から手渡しされたとのことだった。


 その時、妻夫木の秘書である女性はごく当たり前のように荷物を受け取っていた。

 もしも、荷物の中身が爆発物であったりしたら、最悪の事態となっていたかもしれない。だが、秘書はおとがめを受けることはなかった。


 庁内の防犯カメラに宅配業者の姿はしっかりと映っていたが、業者は帽子を目深に被っており、顔の判別が出来るような映像はひとつも存在しなかった。


「警視正、荷物が届いていますよ」

 妻夫木が刑事部長室に出勤してきた際に、秘書は応接テーブルの上に置かれた段ボール箱を指さした。


「おお、そうか」

 妻夫木も何の警戒もせずに段ボール箱に近づき、ダンボールに貼られている宛名などを見る。


「おい、キミっ!」

 段ボール箱を見た妻夫木が声を荒らげた。

「どうしました、警視正」

「どうしました、じゃないよ。これ、要冷蔵って書いてあるじゃないか。きちんと冷蔵しておいてもらわなきゃ困るよ」

 妻夫木はそういって、段ボール箱に貼られた『要冷蔵』のシールを指さす。

「失礼しました。休憩室の冷蔵庫に入れておきます」

「いや、大丈夫だ。開けてしまおう」

 機嫌のよい声で妻夫木はいうと、段ボール箱の蓋を留めているガムテープを剥がしはじめた。


「要冷蔵だからね。肉かな、それともカニかな」

「どちらでしょうね」

 秘書も怒られてしまった手前、妻夫木のご機嫌を取るように相槌を打つ。


 貼ってあったガムテープをすべて剥がし終わった妻夫木は、喜々とした表情で蓋を開けたが、箱の中には、さらに発泡スチロールの箱が入っていた。


「やけに厳重だな」

「そうですね」

 妻夫木と秘書はふたりで段ボール箱の中から発泡スチロールの箱を取り出し、机の上に置く。


「やっぱり肉だな。この重さは肉だよ。もしカニでこんなに重かったら、相当な量になるぞ」

 笑いながら妻夫木はいうと、発泡スチロールの箱の蓋を開ける。


 最初に見えたのは、氷だった。発泡スチロールの箱の中には、氷がぎっしりと詰まっている。


「さてさて、お楽しみだ」

 入っていた氷の中に妻夫木は手を入れると、中にはいっていたチャック付きのビニール袋を取り出した。


「え……」

 その袋の中身を見たふたりは、凍り付いた表情となった。

 透明のチャック付きのビニール袋の中身。それはどこからどう見ても、人間の手だった。

 手首から先の手。指がしっかりと五本存在している。

 大きさから見ても、大人の男性の右手であろう。


「ひぃ」

 先に悲鳴をあげたのは妻夫木の方だった。


「いやぁ!」

 遅れるようにして女性秘書が悲鳴をあげる。


 その声に、廊下にいた警備担当の警察官が部屋の中へと飛び込んでこようとしたが、妻夫木は慌ててその警察官を止めた。


「大丈夫だ。ちょっと虫がいて驚いただけだから。すまないね、驚かせてしまったみたいで」

 妻夫木はそういって、部屋の入口まで来ていた警察官を下がらせた。


 警備の警察官が部屋の中が見えない位置まで下がったことを確認すると、妻夫木はもう一度ビニール袋の中身を確認した。


 何度見ても間違いなく、それは人間の右手だった。


 秘書は腰を抜かしてしまったらしく、ソファーにもたれ掛かったまま起き上がることができないでいる。


 一番外側の箱である段ボールについていた伝票を剥がして見てみると、宛先の欄には『N県警警察本部刑事部長室、妻夫木刑事部長』と書かれており、差出人の欄には『片倉圭佑』と書かれていた。


「何の真似だ、片倉」

 怒りのあまり、妻夫木はその伝票をビリビリに破り捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る