消えた警官(11)

「只見について、どう思った」

 県警本部に戻る途中の車内で、久我が姫野に問いかけた。


「どう思うと言われても……。あの人はあの人なりに心配をしているんじゃないですか。一応、仲の良い友人だったようですし」

「そうか。友人か」

 久我は呟くようにいうと、窓の外の景色へと目を向けた。

 雪が降りはじめていた。久我がN県にやってきてから、何度も見ている風景だった。

 東京では雪が降るのは年に1度か2度程度だ。その雪も10センチも積もれば、大騒ぎとなり鉄道は止まり、首都高は通行止めとなる。N県は積雪量の多い地域ではないが、一度降れば10センチぐらいは普通に積もっていた。


「姫野さんは、友人はいるか」

「え、何人かはいますけど」

「そうか……」

 久我はそれだけいうと黙ってしまった。

 その質問にどんな意味があるのか。姫野は疑問に感じていたが、何となく聞きづらい雰囲気があったため、口を閉じて運転に集中することにした。


 県警本部に戻ると、姫野は刑事庶務課へ向かった。片倉の住所変更履歴を調べるためだった。

 久我はひとりで捜査本部として使っている会議室に戻ると、応接セットのソファーへと腰をおろした。

 片倉はすぐに見つかるだろうと思っていたのだが、予想外に苦戦していた。

 残留思念がどこにも残されていないのであれば、久我の出る幕は無いのだ。


 何となくコーヒーが飲みたくなり、久我は自動販売機のあるフロアへと向かった。

 久我たちが捜査本部として使っている会議室のある14階には、多くの会議室があるため様々な部署の人間が行き来しているようで、制服組もいればスーツ組の姿も見かけた。


 自動販売機でブラックコーヒーを買い求めた久我は、販売機の前にあった椅子に腰をおろして、コーヒーを飲んだ。


「あんた、久我さんだろ」

 突然、声を掛けられた。

 声のした方へ視線を送ると、斜め前の椅子にスーツ姿の男が座っていた。

 その男がいつからそこにいたのか、久我にはわからなかった。


「そんな怖い顔するなよ。俺も特別捜査官だ」

 男はそういって身分証を久我に見えるように提示した。

 警察庁特別捜査官、相楽さがら八雲やくも。その身分証には男の顔写真とともに肩書きと名前が書かれていた。


「同僚というわけか」

 久我はそういったが、決してその口調に親しみが込められているというわけではなかった。

 警察庁特別捜査官は、全国に散らばるようにして存在している。久我のように残留思念を読み取ることに長けている特別捜査官もいれば、別の能力に長けている特別捜査官も存在しており、各々が持つ特殊能力については警察庁のデータベースに登録されいるが、ある階級以上の警察官でなければ閲覧することはできないようになっていた。


「それで、私になにか用か」

「ちょっと挨拶しただけだよ。同じN県警で同僚が仕事をしているって聞いてね」

「相馬上級特別捜査官か」

「まあ、そんなところだ。俺は公安部と仕事をしている」

 それだけいうと、相楽は椅子から立ち上がった。

「何かあったら、協力し合おう。特別捜査官同士な」

 相楽は久我の肩をぽんと叩いて、その場から去っていった。


 霞が関にいた頃は、数人の特別捜査官と一緒にオフィスワークをしたりしていたが、現場で特別捜査官と顔を合わせるのは初めてのことだった。

 妻夫木刑事部長は、N県警内に久我以外に特別捜査官が入っているという話はしていなかった。おそらく、妻夫木には知らされていない話なのだろう。もっと上の県警本部長クラスだけが知っていることなのかもしれない。


 ふたり以上の特別捜査官が同じ県警本部に入っているというのは、珍しいことでもあった。東京の警視庁は例外として、大抵は1つの道府県警にひとりといった感じである。基本的には、霞が関にある警察庁が特別捜査官のいる場所だった。

 それにしても、どういうつもりなのだろうか。なぜ、相馬上級特別捜査官は相楽に自分の存在を教えたのだろうか。このN県警で何かあるということなのだろうか。様々な疑問が、久我の頭の中に浮かび上がってきていた。


 会議室に戻って来ると、すでに姫野の姿があった。

 姫野によれば、刑事庶務課の担当者が本日はいないため、住所変更履歴については閲覧ができないとのことだった。


 会議室にあるホワイトボードに、姫野が新しい顔写真を貼った。それは只見幸彦のものであった。

 姫野は赤いマジックペンを手に取ると、片倉と只見の写真の間に線を引いて「友人」、「50万」という文字を書き足した。

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