消えた警官(8)

「そういえば、この店って何て読むんだ」

「OZだからオーゼットですかね」


 コーヒーを飲みながら久我と姫野がそんな話をしていると、おかわり用のコーヒーポットを片手に男性店員がやって来た。

 おかわり用のコーヒーはブレンドであり、ドリップしたものをポットに入れてあるようだった。


「オズですよ」

「やっぱりそっちか」

 まるで久我は、最初からわかっていたかのような口調でいう。

 その白々しい言い方に姫野は、なんなのだろうかこの人はといった目で久我のことを見ていた。


「ぼくの苗字が小津おづなので、そこからもじってOZってしたんです」

「へー、じゃあ、この店のオーナーさんでもあるんですね」

 姫野が驚きの声をあげる。


「そうですね。店の建物自体は、父親が建てたものですけれど」

「そうなんですね」

「あれが父親ですよ」

 小津はそういって壁に飾ってあった一枚の写真を指さした。


 それは冬山登山をしている写真だった。

 写真の下にはプレートが貼ってあり、N県Yヶ岳山頂付近と書かれている。

 写真には、ゴーグル装着でフードをかぶっている男性の姿がひとりで写っているが、顔が全然見えないため、これが小津の父親だといわれてもピンとこなかった。


「もしかして、小津明彦さんなのか」

 久我が驚いたような口調でいった。


「え、父のことをご存知で」

「ああ。以前、世話になった」

「そうだったんですね」

「それで、小津明彦さんはお元気で」

「いえ。5年前に他界しました」

 その小津の言葉に、久我は小さくため息をついた。

 久我はそれ以上、何かを語ることはなかった。


 小津の父親と久我はどんな関係だったのか。なぜ小津の父親を知っているのか。色々な疑問が姫野にはあったが、小津が何も語ろうとしないため、姫野は黙っていた。


「あの、失礼ですけれど、お名前を教えていただいても」

 沈黙の中で口を開いたのは、小津だった。


「わたしは姫野と申します、それでこちらが久我さんです」

「姫野さんと久我さんですね。わかりました、ありがとうございます。僕は小津あゆむといいます」

 改めて小津は自己紹介をすると、ペコリと頭をさげた。


 年齢はわからないが、小津はまだ20歳前後の若さだと思えた。いつも人懐っこい笑顔をしていて、どこか子犬を思わせる雰囲気がある。店に来る客に対しては、誰にでも同じようにニコニコと笑いながら接客をしており、近隣のマダムたちからも人気のようで時間が経つごとに客足は増えていっていた。


 朝食を終えた二人は、会計を済ませてOZを後にした。

 ちょうど久我たちと入れ替わりで、さらに2組の女性客が入っていたところだった。


 6台停めれるスペースのある駐車場は、すでに満車に近い状態だった。

 セダンの運転席に乗り込んだ姫野は、エンジンを掛けるとカーナビを操作しながら久我に話しかけた。


「次はどこへ行きますか」

「そうだな。片倉の住んでいたマンションへ行くか」

「わかりました」


 姫野はカーナビの操作をしようとしていた指を止め、ハンドルを握った。

 片倉のマンションであれば、何度か行っているので道は覚えている。


「小津さんのお父さんとは、お知り合いだったんですね」

 OZの駐車場を出て、しばらく走ったところで姫野が久我に問いかけた。

「まあ、な」

 久我はそういうだけで、やはりそれ以上の話はしようとはしなかった。


 小津の父親との関係で、触れられたくない過去でもあるのだろうか。

 姫野はそう思いながら、ハンドルを握っていた。

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