消えた警官(6)

 時おり、久我は首を縦に振ることがある。

 最初は何だろうかと思って、姫野は久我の様子を見ていたのだが、それは料理をおいしいと思った時にやる癖だということに気がついた。

 注文したものを粗方あらかた食べ終えたところで、姫野が口を開いた。


「先日の事件、久我さんの撮った蜘蛛のタトゥーの写真。あれが手がかりになって、犯人逮捕に結びつきました。ありがとうございました」

「そういえば、あの男たちはどうして女性を殺害したか自供したのか」

「はい。女性の彼氏が男たちの金を持ち逃げしたとかで……」


 確かに話の辻褄つじつまは合っていた。あの時、久我が見た残留思念でも、同じような会話をしていたはずだ。しかし、久我にはまだ何か引っかかっているような気がしてならなかった。


「じゃあ、その彼氏っていうのは、まだ見つからないのか」

「そうですね。一課も事件の全貌を解明するために、女性の彼氏を探しましたが、見つけることはできませんでした」

「そうか……」

 そういって久我は中国茶を啜った。


 ちょうど話が一旦途切れたタイミングで、ラストオーダーを店員が取りに来た。

 〆は杏仁あんにん豆腐どうふ愛玉子オーギョーチのどちらかが良いと姫野が言ったため、久我は杏仁豆腐にすることにした。

 店員が去っていくのを見届けると、再び姫野が口を開いた。


「久我さんは、消えた1000万円についてどう考えますか」

「消えたわけじゃない。片倉警部補が持って逃げたの間違いでは」

 久我はじっと姫野の目を見ながら言った。


「わかりました。では、片倉警部補が持って逃げた1000万円について、どう考えますか」

「1000万には、問題はないと思うな」

「え?」

「重要なのは片倉警部補の方だよ。なぜ、彼は姿を消さなければならなかったのか。1000万円はそのオマケだ」

「そうなんですか」

 姫野の問いに久我は答えず、中国茶を啜るだけだった。


「それにしても、エビマヨは美味しかったな」

「…………」


 久我が急に話を変えてきたので、姫野は久我という人間が本当に何を考えているのか全然わからないと思った。

 ふたりは最後に杏仁豆腐を食べて、食べ放題を終了した。


 会計を済ませて、姫野の車に戻る。少し食べすぎたため腹が苦しかったのか、久我はズボンのベルトを少しだけ緩めた。


 車内ではふたりとも無言だったが、ホテルに着く直前になって久我が口を開いた。


「明日は片倉警部補の住んでいたマンションに案内してくれないか」

「でも、家財道具なんかはほとんど残されていませんよ」

「どんな部屋に住んでいたか、見たいんだ」


 姫野には久我の意図が読めなかった。まだ、捜査ははじまっていない。最初から否定してもはじまらないと思い直し、姫野は久我の提案に乗ることにした。


「わかりました。では明日、8時に迎えにいきます」

「ありがとう。助かるよ」

「おやすみなさい」

 久我と姫野は挨拶をして別れた。


 ホテルの部屋に戻った久我はバスタブに湯を溜めながら、フロントでもらった本日の新聞を眺めていた。載っているのは昨日のニュースであり、最新のものではない。だが、書かれている記事の内容はテレビやネットで見るニュースよりも詳しいことが書かれている。


 暴力団組織による抗争。N県では白虎会という広域指定暴力団組織が幅を利かせているが、ここ数年は関西系の暴力団組織による縄張りの侵略を受けていた。

 きょうの新聞記事にも、暴力団事務所に実弾が打ち込まれたというニュースが載っている。

 この事件が久我の追う事件と何か関係があるのかどうかは、久我にもわからない。ただ、久我はどんなに小さなニュースでも見逃したくはないと思いながら、新聞の記事に目を通していた。

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