消えた警官(5)

 夕方になり、ホテルへと戻ってきた久我が最初に行ったのは、レンタカーの返却だった。

 明日からは姫野が迎えに来てくれることになっていた。

 あまり車の運転が好きではない久我にとっては、ありがたいことだった。


 車を返す手続きを終えた久我は、その足で近くにあるレストラン街を訪れた。

 ホテル周辺には食事処が集まったレストラン街が存在している。ここであれば、和食、洋食、中華など様々な店があるため、食事を選ぶのには苦労しなかった。

 どこで食事を取ろうかと悩みながらレストラン街を歩いていると、スマートフォンが着信を告げた。

 ディスプレイを見ると姫野桃香からだった。今後の捜査を進めるために必要と考えて、先ほど連絡先を交換しておいたのだ。


「――――久我さんですか。姫野です。もうホテルに戻られましたか?」

「ああ、もう戻ったが。何かあったのか」

「別に何かあったというわけではないのですが、ちょっと今後について打ち合わせが出来ればと思いまして」

「もう、勤務時間外だが」

「わかっています。食事でも取りながら話しませんか」

 ちょっと怒ったような口調で姫野がいう。


 なぜ怒るのだろうか。

 久我は疑問に感じながらも、姫野の誘いに乗ることにした。


 待ち合わせ場所は駅前だった。姫野がそこまで車で来るとのことだ。

 駅までは歩いても10分掛からない距離だった。そのため、のんびりと商店などを覗きながら駅方面へと久我は向かった。


 待ち合わせの場所に久我が着くと、そこには見覚えのあるフォルクスワーゲンが停まっていた。ナンバーを見て、その車が姫野の愛車であるということがわかったが、運転席に姫野の姿はなかった。


「久我さん」

 背後から声をかけられ振り返ると、そこには姫野の姿があった。

 N県警で会った時のパンツスーツ姿とは違い、ハイネックニットにジーンズという格好であり、どこか新鮮な感じがした。


「どうかしましたか」

「いや、なんでもない」

 どこか心の中を覗かれたような気がして、咳払いをしながら久我はごまかした。


「乗ってください。ちょっとここからは離れていますが、おいしい中華の店に案内しますよ。中華は大丈夫ですよね」

「ああ。大丈夫だ」

 そう答えながら、中華が苦手だという人間はいるのだろうかと久我は考えていた。


 姫野の運転する車は、駅前の大通りを南下し、市街地から抜けていった。

 地方都市によくあることだが、駅前の市街地を離れると急に田畑だけの土地が広がっていく。このN駅周辺も例外ではなく、時おり民家がぽつり、ぽつりとあるだけの景色が続いた。

 しばらく走ると、赤い大きな看板が見えてきた。看板には中華料理と黄色い文字で書かれている。その看板の先でウインカーを出した姫野は、左折して駐車場に車を入れた。30台は入ることのできる駐車場には、すでに車が20台ぐらい入っていた。どうやら、人気の店のようだ。


「予約した姫野です」

 姫野が店の入口で女性店員に伝えると、奥にある個室へと案内された。

 ふたりで使うには少々広すぎる個室だった。内装はしっかりとしており、少し高めの中華料理店を思わせる雰囲気がある。


「この店、リーズナブルな値段で食べ放題なんです」

 久我の心を読んだのか、姫野が席に腰を下ろしていう。

 確かにメニューには食べ放題という文字が書かれている。


「メニューに載っているものは全部食べ放題で、小皿で一人前ずつ出てきます。量が多くないので、いろいろな種類が楽しますよ」

 姫野はまるで自分がこの店の従業員であるかのように久我へ説明をした。


 店員が温かい中国茶の入ったポットを持ってきて、注文を取る準備をはじめた。

 どうやら飲み放題を注文しない場合は、温かい中国茶をセルフで飲むことができるようだ。

 何を注文すればいいのかわからなかった久我は、すべての注文を姫野に任せることにして、中国茶をすすりながら料理が出てくるのを待つことにした。


「この店のエビマヨは絶品ですよ」

 注文を終えた姫野がポットを手に取り、茶を二人分入れる。


 料理が出て来るまでの間、ふたりは無言だった。

 個室であるため、ふたり以外に誰もいない。捜査の話をしてもよかったのだが、店員が料理をもって現れることを考えると、いまはしない方がいいと姫野は判断していた。


 久我は特に沈黙を気にしてる様子はなかった。

 この男は何を考えているのかわからないというのが、姫野の正直な感想だった。 


 しばらくして、注文した料理が次々と運ばれてきた。

 エビマヨ、麻婆豆腐、チャーハン、油淋鶏、トマトと卵の中華炒め、上海焼きそばなどなどが小皿で次々とテーブルの上に置かれていく。


「他にも食べたいものがあったら、注文して大丈夫ですからね。食べ放題ですから」

 姫野はそういうとおしぼりで手を拭いてから、箸を取った。


 またふたりは無言になった。

 今度は食事に集中するための無言だった。

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