消えた警官(4)
待っている間、久我はソファーに座りながら、妻夫木の秘書が出してくれた日本茶を飲んでいた。
しばらくすると、刑事部長室のドアがノックされた。
秘書が扉を開ける。
久我がそちらに目を向けると、そこには見覚えのある女性が立っていた。
「あ、久我さん……」
その女性は久我の顔を見ると驚きの声を上げた。
「姫野巡査部長、入りたまえ」
妻夫木はそういって久我の隣に姫野を座らせる。
「例のものは持ってきてくれたかね」
「はい。これで全部です」
姫野はそういって、テーブルの上に封の出来るビニール袋に入れられた品物をいくつか並べた。
「
妻夫木はそういって姫野が持ってきたファイルから一枚の顔写真を取り出して、久我の見える場所においた。
写真の中の片倉は、銀縁のメガネをかけた細面で生真面目そうな顔をした男だった。この男が1000万円を横領して逃げているということは、なかなか想像しづらかった。
「片倉さんの自宅マンションを私も何度か訪ねていますが、一度も出てきませんでした。先日、管理会社に事情を話して部屋の中に入ったのですが、部屋の中に家財道具はほとんどない状態で、まるで逃げたあとのようでした」
写真を見ていた久我に対して、姫野が説明をはじめる。
「ちょっと待ってくれ。片倉圭佑についての説明をする前に、どうして姫野巡査部長がいるのかを説明してもらえないか」
困惑した顔の久我がいうと、妻夫木が咳払いをしてから話しはじめた。
現在の姫野の立場は、刑事部捜査一課所属の巡査部長ではなく、刑事部長付の捜査員という立場にあるとのことだった。これは、刑事部内の垣根を取り払った捜査員というものであり、課の壁を越えた事件捜査が行えるようにするための新しい試みだという。
もっともらしい口調で妻夫木は久我に説明したが、優秀ではあるが捜査一課のはみ出し者という存在だった姫野を持て余した妻夫木がどうすることもできなくなり、自分の直属の部下として扱うことにしたのだろうと、久我は想像した。
姫野は組織としては、はみ出し者のようだが、刑事としての実力はきちんとしている。それは一緒に仕事をした久我だからこそわかることだった。それだけに、妻夫木も姫野の扱いに困ったのかもしれない。
「大体はわかりました。それで、今回の捜査は私と姫野巡査部長のふたりで行うというわけですね」
久我の言葉に妻夫木は安堵のため息で応える。久我の状況の飲み込みの良さに安心したのだろう。
久我にとっては、姫野が一緒だろうと一人だろうと別に何の問題もなかった。
自分の捜査の邪魔をしない。それだけが、久我の条件だったが、姫野はその条件を受け入れてくれた。
臨時の捜査本部として、久我と姫野には14階にある会議室のひとつを使うように妻夫木から指示が出た。
ふたりはその会議室へと移動すると、さっそく作戦会議をはじめることにした。
まずは、片倉がどんな人物なのか知る必要がある。
それは接する機会もないような上司である妻夫木よりも、多少なりとも接することはあったであろう同じ刑事部の姫野に聞いたほうがよかった。
「片倉という男は、一体何者なんだ」
「ただの二課の刑事です」
「一課と二課で、接点はあったのか」
「たまに一つの事件を一緒に追うこともありましたので、顔を合わせれば会話をするぐらいの接点はありました。本部長も言っていましたが、片倉さんは優秀な刑事でした」
「でも、1000万円を横領して、姿を消した」
「まだ疑惑です。事件に巻き込まれた可能性もあります」
「なあ、本音で語ろう。姫野さんは、どこまで知っているんだ」
二人きりになった途端、久我は姫野のことを「さん付け」で呼んでいた。
久我の本音で語ろうという言葉に、姫野は一瞬たじろいだ。
何か隠している。久我はそう思って、姫野に言ったのだった。
「以前から片倉さんには、あまりいい噂はありませんでした」
「と、いうと」
「暴力団組織との繋がりがあるって」
姫野は久我から目をそらしていった。
二課の刑事と暴力団組織。あまり接点が無いように思えるが、実際には二課の担当である詐欺事件などでは詐欺グループの後ろに暴力団組織がいたりするので、その辺りで片倉と暴力団組織の間で何か関係があったのかもしれない。
「その暴力団と片倉が横領した1000万円の関係は?」
「わかりません」
先ほどの姫野は「まだ疑惑だ」と久我の言葉を否定をしたのに、今度は否定をしなかった。
姫野は黙ったままうつむいている。
まだ何か話していないことがあるのではないか。久我はそう感じ取ったが口には出さなかった。
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