消えた警官(3)

 店内に戻った久我は勘定を済ませて、OZの駐車場へと向かった。

 駐車場には、二台分の駐車スペースを潰すように置かれている車が一台だけ存在していた。「わ」からはじまるナンバープレートは、その車がレンタカーであることを示している。


 久我は車のドアを開けると運転席に乗り込んだ。

 あまり車の運転は好きではなかった。しかし、N県で行動するには車が必要不可欠だった。

 最初はタクシーで移動していたのだが、その料金もバカにならなかった。それならば、レンタカーを借りてしまった方がいいだろうという結論に至り、久我はレンタカーを借りることにした。


 カーナビに行き先であるN県警警察本部を入力し、車を発進させる。ナビによれば、ここからN県警警察本部までは15分も掛からない距離のようだ。


 何とかN県警警察本部までたどり着いた久我は、地下にある関係者用の駐車場に車を入れると、1階にある受付へと向かった。

 駐車スペースに停められたレンタカーは、スペースを示すラインの上にタイヤが乗っかっていたが、久我はそれを見なかったことにしていた。


 受付で身分証を提示して、妻夫木刑事部長に会いに来たことを告げると、14階にある刑事部長室へ向かうように指示をされた。


 N県警警察本部はこの辺にある建物の中では2番目に高い建物だった。1番目は県庁であり、県庁は県警本部とは大通りを挟んで向かい側に建っている。


 刑事部長室のドアをノックすると、扉が開き制服姿の女性警官が久我のことを出迎えた。

「妻夫木警視正がお待ちです。どうぞ」

 どうやら彼女は刑事部長付の秘書のようだ。


 久我は応接セットに案内され、ソファーに腰を下ろした。

 しばらくすると制服姿の男が久我の前に現れた。薄い髪を頭皮に撫で付けたようなオールバックの総白髪。警察官というよりは地方の政治家といった方が似合っている顔つきをした男だった。


「どうも、N県警本部刑事部長の妻夫木と申します」

「警察庁特別捜査官の久我です」


 妻夫木は手を差し出して握手を求めてきたが、久我はその手を見つめるだけで握手をかわそうとはしなかった。

 その行動に妻夫木はむっとした表情を浮かべようとしたが、途中で気がついたらしく、さっと手を引っ込めた。


「失礼、握手は禁物でしたね」

 笑いながら妻夫木は言う。

 しかし、それは妻夫木の勘違いだった。

 別に久我は、手を握ったからといって相手の残留思念を読み取れるわけではない。読み取ろうという意識をしなければ、読み取ることはできなし、読み取るつもりなどもなかった。

 ただ握手など交わしたくはないと思ったから、手を出さなかっただけなのだ。


「それで、今回の仕事というのは」

 久我の問いに、妻夫木はじっと久我の顔を見つめた。

「なにか?」

「いや、お若いと思いましてね。何度か久我さんとは電話で話をさせてもらいましたが、ここまで若い方だとは思いませんでした」

「若いと問題がありますか?」

「いえいえ、とんでもない。落ち着いた話し方をされるので、もっと歳の行ったコワモテ捜査官が来るのかと想像していましたよ」

 妻夫木はそういって笑った。


 何が言いたいのだろうか、この男は。

 心の中ではそう思いつつも、久我は表情を崩さずに妻夫木の話を聞いていた。

 久我にとって、警察官の階級などというものは関係なかった。

 特別捜査官には、階級というものが存在しない。それは縦社会である警察組織の中で自由に動くことができるようにするためでもあった。相手がどんなに偉い立場にあったとしても、久我は態度を変えることはない。それは今回のように相手がN県警刑事部のトップという立場にあっても同じだった。


「今回、久我特別捜査官にお願いしたいのは、人捜しです」

「失踪人というわけですか」

「いえ、そういうわけではありません。ただ行方をくらませた人間を捜してほしいということです」

「それは刑事部の仕事なのでしょうか」

 久我は疑問に思ったことを正直に口にした。

 行方不明者の捜索は基本的には生活安全部の仕事の範疇となるはずだ。


「ええ。刑事部の仕事といえば、刑事部の仕事になります」

「と、いうと」

「実は、その行方をくらませている男というのが刑事部の人間でしてね。さらにいえば、その刑事には捜査資金を横領しているという疑惑が掛かっています」

 苦虫を噛み潰したかのような渋い表情で妻夫木が語りだした。


 妻夫木によれば、刑事部捜査二課に所属するひとりの刑事が捜査資金としてプールしていた1000万円を横領して姿を消したということだった。


 刑事部捜査二課といえば、詐欺や横領、汚職、不正融資などの企業犯罪や選挙違反など政治に関する事件の捜査を担当する部署だ。その部署の刑事が自ら資金横領していたとなれば、かなりの問題となるだろう。


「横領ということですが、監察は動いているのでしょうか」

「いえ。まだ疑いですので、監察室は動いてはいません」

 事実を隠ぺいするために自分に仕事を頼んできているのだろうか。久我は疑いの目で妻夫木のことを見た。


「あ、こう言ってしまうと、何だか隠ぺい工作をしようとしているように聞こえてしまいますね。失礼。もし、その行方をくらませた刑事が本当に横領をしているようであれば、私自ら監察室に捜査をお願いするつもりです」

「それで、私に何をしろというのでしょうか」

 久我は半分以上、妻夫木が何を求めているのかはわかっていたが、あえて口にしてみた。


「行方をくらませた刑事を見つけ出してほしいんです」

「ひとつ断っておきますが、私は人捜し捜査を得意とする捜査官ではありません。それに私が動くということは、すべて警察庁長官に報告が行くということですが、それでも構いませんか」

「わかっています。何も隠すつもりはありません。それに、久我特別捜査官、あなたに頼るしかないんです」

「そうですか……。わかりました。では、その刑事についての情報と、刑事が普段身につけていた物などをお借りできますか」

「よかった。ありがとうございます」

「まだお礼を言われるようなことは、何もしていません」

 久我はそう言ったが、妻夫木はその言葉を聞いていなかったかのように、どこかへと電話をかけはじめた。

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