かわいそうなわたしの王様

神野咲音

かわいそうなわたしの王様

「エイジ、あなたとの婚約を破棄させていただきます」



 たった今、婚約破棄されたのはかわいそうな令嬢ではない。かわいそうな王様である。






 巨大な山を王都の背中に負い、肥沃な土と鉱物資源、そして温泉を売りとした観光産業で栄える我が国。同じ大陸に居並ぶほかの国々とは違い、王家を戴かない珍しい王国だ。


 建国に関わった五つの公爵家と、彼らが従える下位の貴族たちによる議会制で、政治は回っている。


 ただ、王がいないわけではない。この国における国王とは、女神に授けられた力で国を守る存在のことだ。


 王都の背後にそびえる山。その下には火の神が眠っていて、いびきやくしゃみと共に火の雨を飛ばしてくることがある。


 国としての形が成立する前、ここは人が定住できない土地だった。


 それを「かわいそうに」と言って、戦いの女神が人々に火の雨を防ぐ力を授けた。力を持つ者たちを中心にして、人々は少しずつ国を作っていった。


 しかし女神の加護は、血によって継承されるものではなかった。女神が気に入った人間に与えられるものだったのだ。最初の王の息子は、国を守ることができなかった。


 結局、王座は加護を持つ者に与えられる一代限りの称号となったのだ。






 今代の王は、王都の孤児院にいた子供だった。物心つく頃に王の印が現れ、いろいろあって王宮に召し上げられた。


 この国において王の役目とは、その力で国を、民を守ること。それ以外のことは求められない。


 火の雨はいつ飛んでくるかわからない。十年ほど何も無かった時期もあれば、毎月のように火の神が寝言を言う時もあった。


 いざという時に王が守りを放棄しては困る。議会を回す大臣たちはこぞって王に美しい娘をあてがい、贅沢を許し、反面、守りの大切さを滔々と説いた。万が一、王が調子に乗って贅沢三昧をしようが、浮名を流す愚か者になろうが、火の雨が防げればいい。愚王であっても国政に何ら影響はない。そういう判断だ。






 さて、そんなエイジ国王は、婚約破棄を突き付けてきた令嬢に首を傾げた。表情はピクリとも動かない。特になんとも思っていないようだった。


 周囲で慄いていた大臣たちが、ほっと胸を撫で下ろす。だって本日開かれているのは、つい先月火の雨を防いだ王を労うためのパーティーだ。どうやら今の火の神はぐずっているらしく、今代の王は出番が多い。


 そんなちょびっとお疲れの王様のためのパーティーで、婚約破棄である。かわいそうに。


 反対に、あっさりと受け入れられた令嬢の方は顔が真っ赤だ。大方、王様に恥をかかせたかったのだろうけど。


 王様は婚約者の浮気も知っていたし、自分が好かれていないのも知っていた。誇り高き貴族の血筋なのに、平民の孤児に嫁ぐなんてうんちゃらかんちゃらと喚いていたのを聞いたからである。


 幸いなことに、王様は婚約者に髪の毛一筋程の興味も持ってなかったから、それを聞いても傷ついてはいなかったけども。


 その様子を見ていたわたしは、のんびりとダンスホールを見渡した。近衛騎士隊の同僚が問いかけてくる。



「ミーナ、どうしたの」


「あの令嬢の浮気相手が出てくるんじゃないかと思って」



 わたしの返事に、同僚のリンデは「あぁ~」と気の抜けた声を上げた。



「あのボンクラ公爵でしょ? 半年前に亡くなった先代は立派な人だったのにね」


「ねー。あ、きた」



 わたしとリンデが話している間に、王様の前にボンクラ公爵が出てきた。当然、間には隊長が立ち塞がる。加護を持つ王様に手を出せる人間なんていないけど、これが近衛の仕事なのだ、一応。


 公爵は自信満々の顔で王様に向かって胸を張った。



「この国をお守りくださる陛下におかれましては、彼女よりも相応しい者がおられましょう。それに、彼女は部屋で茶を楽しんだり、刺繍をしたりするのが好きなのです。陛下とは話が合わなかったでしょう? 陛下とて、釣り合う人間と結婚した方が幸せになれるというもの」



 令嬢もうんうんと頷いている。安心していた大臣たちが、今度は頭を抱え始めた。


 公爵、多分自分が何を言っているのか分かっていないのだと思う。その発言を悪意をもって要約すれば、「お前には野蛮な平民がお似合いだ」と言っているようなものなのに。女神の加護を受けて王座についた男に向かって、随分な言い草だ。


 しかも、だ。婚約者だった令嬢は、身分としては公爵家の令嬢だけど、このボンクラ公爵とは別の家の人間だ。無関係の男が令嬢の援護に出てきた時点で、「あっ、こいつら……」となるのは当たり前。令嬢の実父は今にも失神しそうな顔をしていた。


 良い家柄の生まれのはずなのに、頭がかわいそうな人間もいるんだなあ。



「へっ、陛下! どうかお許しを! この者らには罰を与えますので、どうか!」



 大臣たちが王様の前に平伏して、必死に懇願している。王様が機嫌を損ねて、火の雨から守ってくれなくなったら国が終わるもんね。


 まあ加護を持つ人間は総じてお人好しだから、そういう事態は今まで起きていないけど。


 王様は大臣たちの顔を上げさせて、よしよしと宥めている。



「大丈夫だ、私も彼女のことは別に好きじゃない。それに平民が相手なんて不幸だとずっと言っていたし、浮気したのも人生を悲観してのことだろう。気にしていないから」



 あと、正直者なのも加護持ちにはよくあることだ。


 ざわざわしていたダンスホールのあちこちで悲鳴が上がって、気の弱い女性が何人か失神した。ちゃんと王様の役目を知っている貴族なら、普通の反応だよね。


 ぎょっとして王様を見た馬鹿二人は、大臣たちの命令で他の騎士に取り押さえられた。知られてるとは思わなかったんだろうなー。



「ま、待ちなさいよ! わたくしのことが好きじゃないなんてどういうこと!?」


「なぜ僕たちが捕まらなければならない! 僕は公爵だぞ!」



 実に小物っぽい捨て台詞を吐きながら、二人はずるずると引きずられていった。






 例のパーティーから数日、王様は普段通り図書館に籠って読書に勤しんでいた。今日の護衛もとい話し相手は、わたしとヴィンスという青年。


 王様が読んでいた本を閉じたタイミングで、ヴィンスがニヤニヤしながら話しかけた。



「そういえば陛下、聞きました? あのご令嬢、家から追放されたらしいですよ」


「令嬢?」



 きょとんとする王様。もう覚えてないっぽい。



「元婚約者の令嬢ですよ。貴族にこだわったばっかりに、自分が貴族じゃなくなったんですねえ」



 ヴィンスがちょっと嬉しそうなのも無理はない。慣習により近衛隊は五人いるけど、今代は全員が貴族じゃないのだ。王様ほど強くはないけど、加護を持って生まれた人間が集められることになっている。


 王様は「あー」と頷いて、新しい本を手に取った。



「好きになれない俺も悪いけど、あの令嬢は最初から平民と結婚したくないって喚いてたしな」


「よく陛下とのお茶会、すっぽかしてましたもんねえ。王宮に来て何やってるかと思えば、浮気相手と逢引きですし」



 加護持ちらしく正直なヴィンスに、王様は苦笑する。



「かわいそうだとは思うけど。別に要らないって言ったのに、父親から無理やり押し付けられた婚約だし」


「でも、やり方ってもんがあるじゃないですか? それこそ陛下からしても無理やりだったんだから、話し合って決めるとか。そこで浮気に走るのは、貴族だろうと平民だろうと無いです」



 だよねえ、とわたしは何度も頷く。


 あの令嬢が平民になったのは自業自得だ。しかも、自分は愛されるべき人間だとか、笑える勘違いもしていた。



「実際、これまでにも似たようなことはあったけど、穏便に解決してるのがほとんどなんだよ。王様の優しさに胡坐をかいた罰だね」



 近くの歴史書をつつきながら言うと、王様とヴィンスは揃って遠い眼をした。



「女神の天罰かあ……」


「平民落ちで終わるか……?」


「それはあの女次第じゃない?」



 王様に酷いこと言ったんだから、生ぬるい罰じゃ釣り合わないと思ってる。



「でも、ボンクラ公爵は今んとこお咎めなしなんですよね?」



 ヴィンスが不思議そうに言う。



「やっぱ、後継者がいないからですか?」


「ああ。五公爵家が欠けるのはまずいってことで、名前だけは置いてある。もともと仕事は部下に押し付けてたらしいから、屋敷に軟禁状態でも支障はないと」



 大臣たちが王様にお願いしに来てたのは、わたしも見た。せめて、先代公爵の夫人が子を産むまでは、何卒、って。


 あのボンクラ公爵の父親は、まだ若いのに事故で亡くなったんだそうだ。その時夫人、つまりあいつの母親は妊娠中。無事に子が産まれれば跡継ぎにできるが、最悪の事態も想定しなければならないと。


 でも、と王様は眉をひそめた。



「後継とか関係なく、子供は無事に産まれて欲しいよな」


「そうですねえ」



 こういうところが加護持ちたる所以だ。



「子供が元気に産まれるように、わたしも祈っておこうかな」



 そう呟くと、王様はパッと晴れやかに笑った。



「ミーナ、ありがとう!」


「おーさまは本当に優しいね。もっと怒っていいんじゃない?」



 一応それだけのことをされている。いくら王様が気にしていないとはいえ。


 でも王様は、笑顔のまま首を振る。



「いいんだ。女神が代わりに怒ってくれるから」


「そうだけどもー」



 本当に、そういうところだからね、王様。






 もちろん、それだけじゃ終わらないのである。


 最年少の同僚ホルトと王宮の庭で休憩していると、向こうからボンクラ公爵がずんずんと歩いてきた。引き留めようとするメイドを引きずる勢いだ。


 軟禁されてたんじゃなかったっけ、とわたしはホルトを見た。ホルトはのほほんと頷いた。


 ボンクラ公爵はわたしたちの前で立ち止まると、いきなり怒鳴って来た。



「おい! いますぐ陛下の所へ案内しろ!」



 今度はホルトが、こいつは何を言ってるんだろう、という顔でわたしを見た。わたしは肩をすくめた。



「この僕を無視するな!」



 地団太を踏むボンクラ公爵に、ホルトがようやく座っていたベンチから立ち上がる。



「ええと、王宮に立ち入る許可は出てなかったと思いますが、なぜここにいるんですか?」


「僕は公爵だぞ! 逆らうのか!?」



 会話になってないよ。



「逆らうっていうか、許可のない人を陛下に会わせることはできません」


「無礼な!」



 ホルトの方がちゃんとしてるな。


 顔を真っ赤にしたボンクラ公爵は、未だに座ったままのわたしにも怒りを向ける。



「無礼なのは貴様もだ! 僕の前で座ったままなどと! 近衛の質が知れるな!」


「あー。ミーナは誰に対してもこんな感じなので、あんまり表には出ないんですよね」



 そうそう。面倒な貴族の相手なんて、隊長に任せてればいいからね。



「で、公爵様はちゃんと決まりを守ってくださいね。僕たちと違ってちゃんとした貴族なんですから」



 ほけほけ笑うホルトに、ボンクラは言い返せなかったらしい。すごい顔でわたしたちを睨んでから帰っていった。


 ホルトはうーん、と唸って、元の通りにベンチに座った。



「あの人、なんで家から出てこれたんでしょう? 見張りがついてるはずなのに」


「その見張りって、大臣がつけたやつ? それともあのボンクラの家のやつ?」


「ミーナ、あの人の名前覚えてないでしょう……。見張りは母親が手配したはずですよ。もしかしたら、あんなのでも息子は可愛いのかもしれませんね」



 そもそもあれを育てた母親だ。抑止力としては期待できないかも。



「無事に次の子が生まれても、教育は別でした方がよさそう」


「そうですね。あと、王宮の警備、増やした方がいいかもしれません。近衛の五人だけじゃ、あの人がまた来た時に手が足りませんから」


「アンドレに全部任せよ」


「また隊長の仕事が……」



 うんうん、かわいそうだよね。






「ミーナ、ちょっと来てくれないか」



 王様に呼ばれたのでソファーに座ったら、頭が膝の上に乗って来た。



「なになに? 王様、甘えたモード?」


「そうだ」


「仕方がないなあ、おーさまは」



 よしよしと頭を撫でてあげると、王様はご満悦だ。



「相手がミーナとはいえ、婚約者がいる身では控えていたからな」


「王様は昔から甘えただもんね。かわいい~」



 本日の護衛、隊長のアンドレが呆れている。わたしが人目を気にせずこういうことするから、議会とかには連れてってもらえないんだよね。


 その辺、アンドレが上手く調整してくれるので、わたしは思う存分王様をかわいいかわいいすることにしている。



「だって俺以外は皆、ミーナに構ってもらってたんだろう。ずるいぞ」


「そう言われましてもな……」



 アンドレに威嚇している王様のお腹ををぽんぽんと叩いて宥める。むすっとしていた王様だったけど、やがてすやすやと眠ってしまった。



「陛下はお疲れのようですな」


「昨日は火の神が寝返りをうったからねえ。国全体の揺れを抑え込んだし、気疲れもあるよね」


「昨日の揺れは大きかったですからな」



 国を守るのは基本的に王様の仕事。同じく加護を持っている近衛は、言ってしまえば王様の補佐とかスペアだ。全員が駆り出されることはないし、加護が強い王様の負担はどうしても大きくなる。


 神とは気まぐれなものだ。ここは人の国。慈悲を乞うことは許しても、神の力ですべてを解決するのは違う。


 そのための加護。そのための王様だ。



「酷いと思わない?」


「心にもないことを」



 わたしの問いに、アンドレは笑う。



「我々は女神に愛されている。それ以外に何を望みましょう?」






 監視を付けていたはずの元令嬢が行方不明になったらしい。大慌てで大臣が報告してきたその日の晩餐。


 わたしは見知らぬメイドからワインを奪い取った。



「王宮は小さくて近衛騎士も少ない割に、メイドは多いもんね。でも残念ながらお前と違って、普段世話をしてくれるメイドの顔くらい、全部覚えてるよ」



 席についていた王様や、他の近衛たちが慌てて立ち上がる。彼らがこちらに来る前にと、わたしはにんまり笑ってワインを煽った。



「だからね、望み通り、お前を大罪人にしてやろう」


「ミーナ、やめろ!」



 女神の力は、毒には効かない。一体誰が入れ知恵したんだか。それを知ることのできる人間は限られているはずなのに。


 驚きの目でこちらを見る、メイドに扮した元令嬢。すぐさまリンデが床に倒したけど、同時にわたしも倒れた。



「あっ。これ致死量だね」


「馬鹿なことを! ミーナ!」



 わたしを抱き上げたのは王様だった。ぼたぼたと涙が降ってくる。そんなに泣かなくてもいいじゃん?



 大丈夫だよ、と言おうとして、わたしの口から出たのはどす黒い血の塊だった。おっとぉ。



「嫌だ、嫌だ! あなたが死ぬところなんて見たくない! ミーナ……!」



 王様の体ががたがたと震えている。昔からそう。王様はわたしにべったりだった。加護持ちの中でも、一番。


 わたしは力の入らない腕を持ち上げて、よしよしと王様の頭を撫でた。


 絶望に染まった暗いひとみが、わたしを見つめている。かわいそうに。



「かわいい、エイジ」



 そしてわたしは死んだ。






 王宮の端に作られた、粗末な木の小屋。罪人を留め置くための一時的な場所だ。


 ボンクラ公爵と元令嬢はそこへ入れられている。二人に知恵や手を貸していたボンクラの母親も、子供が産まれればここに放り込まれる。必要最低限の水と食料だけを与えられて、処刑の時を待つのだ。


 最近は火の雨も多いから、多分その時はすぐに来るだろう。


 わたしは王様と二人でその小屋へ向かった。焼け落ちることを想定しているから、小屋と言っても本当に必要最低限の壁と屋根しかない。


 大罪人二人は、現れたわたしを見て愕然としていた。



「あっ、あんた! あの時確かに死んだじゃない……!」



 特に、元令嬢は真っ青な顔をした。



「うん、あの体はね」



 予想通りの反応に、わたしは嬉しくなってニヤニヤと笑う。横で王様がものすごく恨めしそうな顔をしているけど。



「本当はあのワインを取り上げるだけの予定だったのに、あなたが飲み干すものだから……。俺たち全員の寿命が縮んだ。分かってるのか、女神ミナーヴァリア」


「だからー、ごめんって。かわいい顔してくれてありがと、王様」


「本当に酷い! というか悪趣味だ! 俺の絶望した顔が好きとか!」



 王様が小さい頃、わたしがうっかり池に落ちて死んじゃった時に見せた顔が、こうギュンッて来たんだよね。近年稀にみるときめきだった。



「め、めがみ……?」



 ボンクラ公爵がぽかんとしている。ふふん、と笑ったわたしは、ボンクラの肩を蹴飛ばして床に這いつくばらせた。



「そう。わたしはこの国を守護する戦いの女神、ミナーヴァリア。お前たちの罪は国王暗殺未遂なんかじゃない。女神の依り代を殺した、神殺しの罪だ」



 依り代だからいくらでも作り出せるし、わたしの存在そのものには何も影響しないけれど。自分で飲んだくせに……、という王様の呟きは無視する。


 神なんて、誰もかれも自分勝手で我が儘なのだ。わたしだって例外じゃない。



「この下で寝てる火の神は、わたしの兄でね。あんまりにも寝相が悪くて、上に住んでる人間がかわいそうだなー、と思って、守ってあげてるの」


「ミーナの『かわいそう』は『かわいい』だろ、知ってるぞ」


「お兄ちゃんの火は、すべてを焼き尽くす地獄の炎。罪人の魂は、少しずつ炙られて燃え尽きていくの。お前たちに相応しい罰だと思わない?」



 目の前で震える罪人二人に微笑みかける。これっぽっちもかわいいと思えないな。


 王様を殺す作戦を立てたボンクラ、実行した元令嬢、知恵を貸した母親。



「わたしの可愛いエイジや近衛たちを馬鹿にしなければ、こんなことにはならなかったのにねえ」



 この国では、わたしの愛した子たちが優先されるに決まっている。人間が決めた地位なんてどうでもいい。なのに、たまに勘違いした馬鹿が出てくるのはどうしてだろうね。


 そんな愚かさも人間のかわいいところだけど、馬鹿をやらかした本人を許す道理はない。



「さて、面白い顔も見たし。帰ろ、おーさま」


「はいはい……」



 とりあえずはこれで終わりだ。もうあれに構う理由もない。しばらく火の雨が降らなければ、兄さんの鼻をくすぐりに行ってもいいな。


 ふんふんと鼻歌を歌いながら歩くわたしの手を、王様がそっと握った。



「ミーナ。お願いだから、死ぬのはやめてくれ」


「王様ってば、ほんとに慣れないね。ほかの四人は『またか』って顔するのに」


「トラウマなんだ!」



 うん、だろうね。孤児院で加護持ちと気づかれず虐待されていたこの子を、ほんの気まぐれで自ら迎えに行ったその足で、池に落ちて死んだからね。やっと酷い場所から抜け出せると思った矢先、救世主が死ぬなんて思わなかっただろう。かわいそうに。


 その時はすぐさま蘇ったから女神本人だと信じてもらえたけど、王宮に来てすぐの頃はわたしから離れなかった。だから仕方なく加護を与える人数を減らして、そのまま居座ることにした。かわいかったし。


 思い出し泣きしながらわたしの手を引っ張る王様は、子供の頃に戻ったみたいだ。



「よしよし。しばらくは甘やかしてあげよう」


「俺を甘やかしたいなら、酷いことしないでくれ……」


「その情けない顔もかわいい~」



 こうやって傍でかわいいかわいいするのは存外楽しい。ちょっと癖になりそう。


 だけど、この新しい依り代となら結婚して子供も作れることはしばらく黙っていよう。必死に調べてる王様がかわいいので。

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