第7話 成長するものしないもの

グリズリーと呼ばれる魔物がいる。


熊に似た外見を持つ大型の獣であり、その力強さは人間を遥かに凌駕し、鋭く伸びた爪は岩をも切り裂くと言われている。

 

そんな危険生物の前に、白銀の髪を揺らす少女が一人。

その手に握られているのは銅の剣である。


獰猛な巨獣は雄叫びを上げる。

だが、爪は振るわれる事はなく肘より先がなくなっていた。

切断面からは鮮血が溢れ出し、地面を赤く染めている。


少女は慣れた仕草で、銅の剣を硬い皮膚へと突き刺す。

そして、もう片腕も同じように斬り落とすと、最後に心臓を貫いたのだ。

巨体が地面に倒れると、大量の血が溢れ出した。


「…勇者様ね」


それを眺めていた赤髪の少女は呟く。

あれから数ヶ月、猪の魔物に殺された可愛らしい少女の姿は消え去っていた。


何度死のうとも、心が折れる事もなくその屍を超えてゆくのだ。


その血肉を糧として、着実にレベルを積み重ねていた。

それはまるで不死身の化け物。


——あの子はきっと死なないんだ


レベッカは思う。

あの白き少女にとって、死など意味を持たないのだと。


そんな彼女の姿を見守り続けるレベッカの表情は複雑だった。

少女の成長を喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのかわからなかったからだ。


「…終わった」


その声に振り返ると、そこには返り血を浴びた銀髪の少女が立っていた。

衣服や肌に付着した血液は既に乾いている。

 

それが少女の異質さを際立たせているのだ。

レベッカはその姿を複雑な表情で眺めていた。


「…日が暮れる前に帰るよ、あたしはね」

「…うん」


勇者は漆黒の闇に包まれた世界も意に介さない。

疲れる事を知らず、喉の渇きを知らず、空腹に悩まされる事もないのだ。


魔物を殺し、ひたすら殺し、そして力尽きる。

だが、蓄積された経験値を失う事はない。


彼女の影が遠ざかり、闇の中に溶け込んで行くまで見つめていた。


「…潮時かな」


自分はもう必要のない存在だと悟ったのだ。

いや、最初から必要がなかったかもしれない。


時間はかかっても、彼女はここに辿り着いただろう。


暮れかかった空を見上げると、大きく息を吐いた。

そして、踵を返すとその場を後にするのだった。

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